自由研究発表地域福祉3  湯川 順子

「社会的孤立」への地域福祉活動の可能性と限界
 -A市における地域福祉実態調査の結果を中心に-

○ 京都YMCA国際福祉専門学校  湯川 順子 (会員番号3037)
キーワード: 《社会的孤立》 《地域福祉活動》 《支え合い》

1.研 究 目 的

 今日の社会福祉を取り巻く状況は、大きくそして急激に変化してきている。2001年 以降、小泉政権下で進められた新自由主義的な構造改革は労働者保護を後退させ、くらしの 基盤の不安定な層を大量に生み出した。また、財政支出削減による地方の疲弊、社会保障・ 社会福祉の後退は生活不安や社会不安を増大させた。2006年以降になって、相次ぐ貧困報道 をきっかけに、貧困が身近にある他人ごとではない問題としてとらえられるようになって きている。ワーキングプアや「ネットカフェ難民」としてネーミングされたことで一気に 社会的な関心を集めた若年層の不安定就労問題、年間3万人を超える自殺、相次ぐ児童虐待、 高齢者の「孤独死」など、今日の社会福祉が取り組む課題は複雑で多様であると同時に、 今日的な共通点として社会的孤立がかかわっていることが明らかになってきている。
 社会的孤立は、古くはP.タウンゼントが、日本では江口英一が述べているように貧困の 一形態である。日本で2000年代に入って社会的孤立が社会福祉の課題として現れている背景 には、貧困の量的拡大がさまざまな生活困難と結びつき、社会生活への参加という人間として の生きる最低限の営みが脅かされている状態が広がっているからである。
 政策的には、社会的孤立の解消に向けて地域福祉への期待が表明され、特に、地域住民 どうしの支え合いが強調されている。地域福祉の担い手として期待される地域住民の具体的 な姿はとらえられているのだろうか。本研究では地域住民の具体的な姿や活動内容を通して、 社会的孤立への地域福祉活動の可能性と限界を明らかにすることを目的とする。

2.研究の視点および方法

 社会的孤立の典型の一つが都市における高齢者である。従来、高齢者の社会的孤立は 一人暮らし高齢者の増加や地域でのつながりの希薄化と結びつけてとらえられる傾向に あった。本研究では高齢者の社会的孤立を今日の貧困の一形態としてとらえた上で、地域 福祉活動の可能性と限界を地域福祉活動の担い手に焦点をあて、A市地域福祉実態調査 (以下、調査)のデータを中心に検討しようとするものである。
 <調査の概要> 調査は、A市より委託を受けたA地域福祉調査研究会(会長:藤井伸生 華頂短期大学教授)が実施した。調査対象(以下、調査協力者)はA市の校区福祉委員、 民生委員・児童委員、ボランティアセンターに登録する団体に参加しているボランティア である。調査は2009年10月~11月にかけ配票調査で行い、806の調査票を回収、すべて有効 調査票として集計・分析の対象とした。回収率は89.0%であった。

3.倫理的配慮

 調査にあたっては、調査協力者に本調査が無記名であること、データを統計的に処理 するため個人が特定されることがないことを事前に説明している。また、調査票の回収に あたっては専用封筒を用意し、プライバシーの保護に留意するなど、日本社会福祉学会の 研究倫理指針に沿っている。

4.研 究 結 果

(1)A市の特徴
 A市は大都市に隣接し、高度経済成長期にニュータウンが形成されるなど、ベッドタウン として人口が急増、その後も住宅地域として都市化が進んだ。高齢化率は全国平均を下まわる が、高齢化率は年を追うごとに上昇している。特に、かつてのニュータウンでは高齢化が 進み、一人暮らしや夫婦のみなど高齢者世帯が多い。集合住宅における高齢者の孤立が 懸念されている。先の地域福祉計画でも社会的孤立が解決すべき課題の一つとして位置づけ られてきた。地域福祉活動を進めていく条件整備の一環として、行政がコミュニティ ソーシャルワーカーの配置を進めている。
(2)地域福祉活動の現状 ―活動の担い手と活動内容―
 調査回答者は、小学校区という身近な地域で日常的な活動を展開している校区福祉委員会 のメンバーが約8割、地域のなかで日頃から高齢者の現状を把握している民生委員が約6割を 占めている。加えて長年にわたって活動を続けている人が多い。今回の調査回答者は、地域 福祉活動の実質的な担い手であるととらえることができる。回答者の特徴をみると、男女比 が4:6、年齢層が高く、多くは高齢者であり、約6割は2つ以上の活動をかけもちしている。 地域で日頃何とかしなければならないと思っていることをたずねたところ、最も多い回答は 「一人暮らしの高齢者のこと」62.1%であり、「高齢者夫婦世帯のこと」も3割を超える。 また、回答者の4人に一人は「孤独死」を挙げている。回答者の多くが高齢者世帯のことや 社会的孤立を地域の問題として意識している。また、地域問題として、地域のつながりの 乏しさに関する項目や活動の担い手不足も上位に入っている。
 地域福祉活動の内容で最も多かったのは「地域で取り組まれているふれあい昼食会等の 運営」で、回答者の8割以上が参加している。ついで、「見守り・声かけ、話し相手などの 友愛訪問」が約6割を占める。このように身近な地域でのつながりをつくる活動が上位を 占めている。
(3)地域福祉活動の可能性と限界
 地域福祉活動の可能性として、まず、活動の担い手は、地域で孤立しがちな高齢者の存在 を意識し、何とか日常的にかかわろうとしているということがあげられる。「一人暮らしの 高齢者のこと」を問題としてあげている回答者に、自由記述で具体的な内容をたずねた結果、 「見守り・声かけの充実」や「引きこもりをなくす」ことがあげられた。日常的にかかわろう という意識のあらわれと考えられる。くらしの場である地域での日常的なかかわりは専門職 では限界のあるところであり、地域住民による取り組みが期待される。
 つぎに、活動の担い手づくりが、地域でのつながりづくりであり、社会的孤立の予防に つながっていくのではないかという点である。自発的かつ積極的に活動を始める人は多くは ない。先に活動を始めた人に誘われて、あるいは、割り当てでという、程度の差はあるが、 いわば受動的に活動を始める人が少なくない。しかし、活動に参加して地域で知人や友人が 増え、交流や連帯できることに喜びを感じている人が多い。
 地域福祉活動の限界として、病気になったときの対応などは専門的なかかわりが求められ、 住民同士の支えあいでは対応が困難である。専門職としてコミュニティソーシャルワーカー が配置され、約6割が満足していると評価しているが、「地域にもっと足を運んでほしい」 「人数を増やして欲しい」などといった声があがっている。
 また、「一人暮らし高齢者のこと」に関する記述内容には、具体的な日々の生活困難に 関する記述は少ない。生活の中に入り込んだ関わりの難しさが表れているのではないだろうか。 少数意見ではあるが、制度が壁となって情報が得られないなど、孤立している人にかかわる ことの難しさをあげている人もいた。地域福祉活動の限界は「社会福祉は国や自治体が積極的 に取り組まないとよくならないと思うようになった」という回答割合の高さとなって表れて いる。複数の活動へ参加している人ほど、また、長く活動を続けている人ほどその割合が 高い。地域住民の支え合いではどうすることもできない課題がある。
(4)今後の課題
 地域福祉活動の担い手は、社会的孤立を地域の課題として意識しているものの、くらしの 中身にまで踏み込んだ実態把握は住民同士の関係では限界がある。政策的に優先度の高い 課題として社会的孤立を位置づけ、専門職の連携や地域包括支援センターなど専門機関に よる実態把握に取り組むことが今後の課題である。

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