市町村合併が社会福祉協議会のローカル・ガバナンスにおよぼす影響に
関する研究 -日光市社会福祉協議会における調査をもとに-
○ 東洋大学 加山 弾 (会員番号5329)
キーワード: 《市町村合併》 《地域福祉》 《ローカル・ガバナンス》
「平成の大合併」といわれた市町村合併も、現行特例法の期限によって区切りを迎え、
全国で3,233あった市町村数が1,730を下回る見通しである(総務省2010ほか)。地方分権
の旗印の下、財政面における自治体間格差の是正を主なねらいとして、スケールメリット
(大規模自治体化による財政基盤、組織基盤の強化)を期す合併だったと総括できるが、
その一方で住民の立場からは、従来より官僚性を強めた自治体が、距離的・制度的に遠い
存在となり、住民・地域の個別事情が施策につながりにくくなることがむしろ懸念される。
当該自治体の合併は、社会福祉協議会にとっても体制変更を強いられる大きな転機と
なる。その変更は自治体の意向によって規定されがちだが、要援護者や住民・住民組織を
擁護する団体として、スケールメリットを活用し、またデメリットを極力回避することが
課題といえる。換言すれば、社協としてこの転機にローカル・ガバナンスを進展できるか、
自治体との協働による地域づくりを推進できるかが問われるだろう(川村2007;杉岡2006)。
このような背景から、市町村合併が社協におよぼす正負の影響を明らかにし、また社協が
その与件の下でローカル・ガバナンスを進めていくうえでの課題を導出することを本研究
の目的とする。本報告は、2市2町1村の合併(平成18年)によって国内有数の広域の地方
自治体になった日光市の社協を対象として行った全職員へのアンケートを分析したもので
ある。同市は、過疎地域における高齢者世帯の生活課題、豪雪地域での単身高齢者の物理的
孤立、観光産業従事者が直面する貧困の問題(生保受給等)といった中山間地特有の問題を
広範囲に抱えていること、さらには同市社協が合併を機に組織体制を刷新した(本所・支所・
出張所からなる9エリアとなった)ことから、類似の地域特性や人口規模をもつ地域の合併
事例にも示唆となる知見を得ることが調査において期待された。合併後、過疎地域などへの
支援機能にどのような変化がみられたのか、ローカル・ガバナンスの進展はあったのか、
また現在指摘される問題などについて検討する。
市町村合併でいうスケールメリットには、社協にとって①(複数の団体が)単一の
大組織となること(組織・財政基盤の強化)、②活動・サービスの範囲が広域化すること、
という異なった側面を含むものととらえられる。また、そのような体制変更に伴って、
③ローカル・ガバナンスの内実化が問われる。したがって本研究では、この三点を枠組み
として調査項目を立てた。なお①と②に関しては、「外部のステークホルダー」(サービス
利用者や家族、住民や住民組織、行政や関係機関・団体など)にとっての合併の影響と
「内部」(社協組織・職員)にとっての影響を個々に区別した。
また、調査設計の段階で、同市社協が平成18年に実施した二つの調査を参照し、現時点
との比較ができるよう、その時のデータを元に今回の調査の項目を生成した。
合併してからの正負の変化を抽出するため、今回のアンケートでは、同市社協職員の
うち、合併後に採用された職員を除く全職員(嘱託職員等も含む。N=57)を対象とした。
本研究の実施にあたっては研究倫理指針を遵守している。対象地域・団体の取り扱い方 は調査対象との合意に基づいており、また地域や個人が特定されないよう配慮した。
4.研 究 結 果 調査結果の中で主だったものを以下に挙げる。第一に「単一の大組織化」については、
サービス利用者にとってプラスだとする回答のうち、理由として最も多いのが「社会資源・
サービスの選択肢が増した」であった。住民にとってマイナスとする回答では「職員の異動」
が理由の最大で、以下「活動内容が変わった」「雰囲気が変わった」と続く。行政や関係
機関・団体にとってマイナスとする回答では、「職員の異動」「(社協との)関係が弱く
なった」等が指摘された。社協内部にとってプラスという回答では「(元は別団体の職員と
同僚になり)自分を客観視できる」が最多、次いで「旧社協から様々な専門分野の人材が
集められた」「事業の統廃合」であった。逆に社協にマイナスだとするものでは「一体的な
雰囲気が持ちにくい」「業務量が増した」が多い。
第二に「活動・サービス範囲の広域化」について、サービス利用者にとってプラスと思う
理由には「他のエリア内の社会資源を利用できる」「エリアを超えて広範囲で事業を実施
できる」「各支所・出張所で同等のサービスメニューがそろった」等が多い。反対にマイナス
と思う理由では「地域の問題が改善されていない」「窓口複数化」「支所・出張所ごとに
サービスメニューが異なる」等が上位であった。行政や関係機関・団体にとってのマイナス
理由の最多は「(社協との)関係が弱まった」であった。社協内部にとってマイナスの理由
には「市全域でのニーズキャッチができていない」「市全域でのサービスができていない」
「旧社協独自の事業を廃止し統一事業に移行」「移動距離の延長」が多い。
第三に、「ローカル・ガバナンスの進展における社協の役割・機能」がどう変化したか、
とくに業務等の変化を中心に確認した。エリア単位での住民組織・活動への支援は、合併前
より「行っている」(11.9%)に対して「行わなくなった」(17.3%)が上回っている(肯定・
否定とも回答をまとめている。以下同じ)。過疎地域の問題の解消が進んだと「思う」(1.7%)
に対し「思わない」(42.2%)、単身高齢者の孤立の解消が進んだと「思う」(1.7%)に対し
「思わない」(32.2%)と合併の効果が表れていない。また新たな活動者の発掘も、合併前より
「行っている」(6.8%)に対し「行っていない」(23.7%)とこちらもネガティブである。
一方、地域福祉計画等で新日光市としての持続的・長期的ビジョンを明示しているかについては
「そう思う」(37.3%)が「思わない」(1.7%)を上回った。
総じて、合併のデメリットのほうが浮き彫りとなる結果が示されたが、緊急度の高い問題
や社協の専門性が問われる問題への対応の必要性が改めて明確となった。一方ではサービス
メニューや活動圏域の広域化、長期的展望等がプラスの効果として評価された。今回の調査は
あくまで1団体に関するものであったが、合併を分析する枠組みや幾つかの論点を提示すること
ができ、一定のパイロットスタディ的な意味はあったと思われる。