地域福祉における住民参加と政治理論接合の可能性
-B.Barberの参加型政治論からの考察-
○ 京都光華女子大学 妻鹿 ふみ子 (会員番号1468)
キーワード: 《地域福祉》 《住民参加》 《参加型民主主義》
本研究の目的は、地域福祉における住民の参加を「脱」パターナリスティックな参加
にしていくための考え方、その具体的な手法を政治理論から探ることである。再帰的近代
にあって、個人が原子化し、不安定化する社会の中では、従来の規範には依拠しない新しい
ルールで対立を回避し、合意を作ることがより一層重要になる。地域福祉における住民参加
の場においても、その参加がつくりだす成果を行政施策や制度につなげていくには援助の
手法だけでなく、対立回避、合意形成をめざす政治の手法を採り入れ、意味のある参加、
すなわちパターナリスティックではない参加を作り出すことが求められる。住民参加による
地域福祉推進が不可避であることが語られて久しいが、その参加の質が十分に議論されて
きただろうか。言うまでもないが、参加があればよいのではなく、たんなる参加を超えた、
決定にかかわる参加が必要ではないだろうか。つまり、さまざまな利害を持つ住民が、地域
福祉推進における何らかの決定につながる参加をすることが可能な参加のしくみやその参加
を機能させる手法が求められるのである。地域の福祉推進をめぐっては大小さまざまな対立
を超え、あるいは回避し、新たな合意を作っていかなければならない場面が数多くある。
特に、住民の参加が所与のものとして捉えられている地域福祉計画策定においては、対立の
回避と合意形成は不可避であろう。
昨今、分断化された社会の危機を示し、それへの対応を示す政治言説が少なくない。形而
上学の学問が社会という現場に「降りて」きたかのようである。しかしながら政治言説の
多くは「ある論」「べき論」の規範の議論に終始し、「できる論」が示されないという限界
を持つ。したがって、理念的な政治言説を読み解きながら、具体的な手法として提示する
作業が必要である。本研究はその作業を行うものである。
本研究は、主に政治言説における「市民参加」に依拠して地域福祉における「住民
参加」との接合のポイントを探る、という方法によって検討を行うものである。参加による
政治は、政治理論の系譜でいうと、代議制民主主義ではない、直接民主主義に位置づけ
られるものである。参加型民主主義理論にも数多くの理論が存在するが、本研究においては
政治理論における「話し合い」を重要な手法として採用している米国の政治学者B.Barberの
ストロング・デモクラシー理論に依拠して議論を進める。
なお、地域福祉研究の枠組みにおいては地域性に依拠した「住民」参加を用いることが
一般的であるが、本研究では、政治研究における市民社会論に依拠した参加を論じるため、
以後の研究結果においては「市民」を用いることとしたい。
依拠する理論の分析、検証にあたっては、倫理指針の「引用」についての内容を充分 に踏まえたうえで、適切な方法により行っている。また学会発表についての倫理指針の内容 も了解した上で、本報告に臨んでいる。
4.研 究 結 果 民主主義理論の中でも直接民主主義理論は、市民の参加を理論化するにあたって、
非常に有益な枠組みを提供するものだと考えられる。市民参加の議論の枠組みとしてよく
知られているのは米国の社会学者S.Arnsteinによる「市民参加の梯子」理論であるが、
参加民主主義理論は、当然Arnsteinが示す、市民によってコントロールされる、梯子に
おける上位の段階の参加である。
本研究において、直接民主主義理論の中でもB.Barberが理論化した参加民主主義理論
としてのストロング・デモクラシー理論を取り上げるのは、ストロング・デモクラシー理論
がシチズンシップ、共同社会、市民教育、参加制に依拠し、優れた行動・行為論を示して
いるからである。規範を示すだけの民主主義理論では地域福祉の実践につながるものには
ならないが、Barberの示す具体的な行動・行為は地域福祉における住民の参加に応用可能
である。
Barberが示すのは、むろん政治行動としての参加であるが、彼によれば、参加という
スタイルをとる政治行動がめざすのは共同社会の構築である。すなわち、市民の参加に
よって政治のプロセスを進行させ、同時に共同社会を成長させ、その中で自由と平等を
育てていく、というのがストロング・デモクラシー理論である。共同社会の成長によって、
さらには政治のプロセスの結果としての対立の解消(変換)もはかられることになる。
この対立の解消(変換)の部分にこそ、政治理論と地域福祉との接合があると考える。
具体的には①話し合いの制度化②決定行為の制度化③行動の制度化、という3つの具体的
な制度化の提案がなされ、このような行動への市民の参加によって対立が変換されると
Barberは説く。市民が参加をして話し合いを経て合意をし、決定し、行動していく、という
ことは、脱パターナリスティックな市民の参加を求めるなら、地域福祉の場でも当然必要と
されることであろう。さまざまな価値観を持つ市民が参加をするのであるから対立は不可避
だろうが、ストロング・デモクラシー理論の示す実践によって対立を変換することができる
のである。
しかしながら直接民主主義は偏狭なナショナリズムと親和的であるというリスクをかかえる。
Barberはここに批判のポイントがあることを了解しており、反論を用意している。