DV被害者支援における加害現象の要因に関する研究
○ 目白大学,ルーテル学院大学大学院 野坂 洋子 (会員番号7313)
キーワード: 《DV》 《ジェンダー》 《支援者》
ドメスティック・バイオレンス(以下,DVとする.)被害者への支援対応の問題,
すなわち「二次加害」は,日本では1992年の研究で明らかにされている.二次加害は支援者
個人と被害者との関係というミクロレベルの影響による問題と捉えられ,支援者個人の責任
が問われていた.これにより支援者個人の問題として扱われ,被害者にダメージを被らせて
いることが隠蔽され,放置される結果をもたらした.論者は,この支援者の二次加害現象
に注目し,DV被害者支援を行う公的機関・民間組織・公立でありながらも民間組織的な機能
も持ち合わせている組織にて勤務する現場支援者10名に依頼し,最終的には3名にヒアリング
調査(2006年)を実施した.具体的には,「支援できたと実感した状況」について質問紙や
回答紙を援用しながら半構造化面接にて調査を行った.その結果,二次加害は実は当事者
レベルを含む制度・政策レベルまでの6層の相互作用により発生している現象であることを
明らかにした.この結果をふまえ,DV被害者支援の課題としてミクロからマクロまでを網羅
した支援者に対する二次被害防止策の構築が急がれることを提示した.このためには,異なる
視点から二次加害現象についてさらに掘り下げ,考察する必要があると考えた.
よって本研究では,二次加害現象に該当する問題現象を整理し,その背景にある要素に
着目しつつ考察を行うことを目的とする.これにより,二次加害防止策構築の一助とする。
二次加害をする支援者の意図は,DV被害者を傷つけよう,害を与えようとしている
のではない.むしろ,助けてあげようとしたり,「良かれと思ってやったこと」が,時に
被害者を傷つけ,怒らせ,被害者の支援を受ける動機付けを弱める現象を引き起こしている.
このような支援効果の抑止が発生した状況が,二次加害といえる.
「ジェンダー」は,DV問題において重要な視点の一つである.二次加害の要因においても
ステレオタイプ化された女性観による支援者の言動が指摘されてきた経過もある.そこで
本研究ではジェンダー理論の新たな潮流に着目し,それらを用いて二次加害現象を整理して
いくこととする.具体的には,雑誌「ソーシャルワーク研究」「アディクションと家族」
「社会福祉研究」の2000年~2010年までの論文にて取り挙げられている二次加害現象に該当
する問題現象を抽出し,それらをミクロ・メゾ・マクロの3つに分類して考察を行った.
本研究は主に文献研究である.先行業績,引用等について日本社会福祉学会の定める 研究倫理指針を遵守する.
4.研 究 結 果 これまでのDV被害者支援現場においては「女性」という性別と「守られるべき」・
「かばわれるべき」という考え方に焦点を当てたミクロからマクロまでの支援が実施される
傾向が強かったように思われる.これにより,被害者の本来の力が見えづらくなったり,
被害者のための社会資源の開発や支援に求められる多角的な視点への転換を阻害していたと
考えられる.これに対し,新たなジェンダーの視点を取り入れことにより,「女」「男」
といった性別にとらわれることのない支援もまた,一つの支援のありようだということが
みえてきた.
≪ミクロレベル≫
パートナーからの暴力について相談に行ったのにもかかわらず,相談者である被害者が
相談員に責められる等といった現象が発生する背景には,被害者と相談員各々のバック
グラウンドや価値観の違いが影響していると考える.ジェンダーの根本的な概念がベースと
なったものと言われる選択理論(preference theory)は,個人の選択は社会的な枠組みに
はめられ,強いられたものであり,且つ,バックグラウンドによって狭められたものとされて
いる.つまり,被害者が暴力的なパートナーを選択した背景には,「離婚はよくないこと」
という社会一般的な考え方を強いられ,幼い頃は両親共がいる生活を当たり前としてきた
のかもしれない.一方で,支援者も実は同様の価値観やバックグラウンドを持っていて,
面接場面でそれらを言動で示した場合,被害者にしてみると,「十分承知していたこと」を
「突きつけられた」こととなり,結果として「求めていた支援が受けられなかった」と結論
付けてしまうと考える.
≪メゾレベル≫
被害者も支援者も十分な支援が「提供されなかった」・「提供できなかった」と実感して
いる現状の背景には,組織システムと実務の差が影響していると考える.例えば,男性に
対する支援体制は整っていないために,実際に男性が相談に来た場合に困惑する支援者も
少なくない.この背景には,メゾレベルにおいて「DVは女性問題」と認識していることが
考えられる.DV問題を抱えるいかなる被害者も支援を受けられるようにするためには,公平な
ジェンダーの視点に基づいた組織的な対策が有効な手立ての一つと考える.
≪マクロレベル≫
被害者の中には精神障がいや知的障がい,身体障がいを持っている者も少なくない.
そして,障がい者のための施設も法律により設置されている.この影響を受け,「専門の
施設の方が被害者のため」という考え方が発生し,支援者や組織によっては,障がいを理由
に被害者の保護が困難と判断することがある.しかし,障がい者施設側にしてみると,法律
上の設置目的にDV被害者の保護は含まれていないために,被害者は行き場をなくしてしまう.
一方で,性別・社会的性差等の「違い」をベースとした差別の根絶に向けた動きの必要性が
謳われ始めた.法律上で規定されていることを変えることは容易ではないが,現状への
手立てを考える上で,「違い」を受け入れるという考えは有効と考える.