DV被害者が暴力関係から「脱却」するプロセスおよびそこに作用する
促進要因
-当事者へのインタビュー調査から-
○ 大阪府立大学大学院人間社会学研究科博士後期課程 増井 香名子 (会員番号7166)
大阪府立大学人間社会学部 山中 京子 (会員番号4129)
大阪府立大学人間社会学部 児島 亜紀子 (会員番号2765)
キーワード: 《DV被害者》 《暴力関係からの「脱却」プロセス》 《促進要因》
DV被害者は、どのようにして、「暴力のある生活」から「暴力のない生活」に状況 を大きく変化させるのか。そのプロセスおよびそれらを促進する諸要因について明らかに すること、およびその結果より支援の在り方を考察することが本研究の目的である。
2.研究の視点および方法先行研究レビューを行ったところ、DV被害者の経験に関する研究は、その多くが 暴力関係から既に「脱却」している元被害者を調査対象にしているにもかかわらず、暴力 の様相やそれによりもたらされる被害者へのダメージ、二次被害、逃れることや自立の 多難さなど被害や困難の実態を明らかにすることに力点が置かれていた。本研究では、暴力 関係から「脱却」した当事者が語ったデータに立脚して、自己内部、加害者との関係、他者 との関係に関してどのような経験をし、それらがどのように相互に作用したことで、被害者 が暴力関係から「脱却」することが可能になっていくのか、それらの諸関係とその全体構造に ついて明らかにする。それにより、被害者の視点から「脱却」のプロセスや促進要因を明らか にできるとともに、その結果に基づき被害者支援はどうあるべきなのかを考察できると考える。 本研究では、過去にDV被害経験を有し、既に加害者とは離別して新しい生活を始めている 7名の女性を対象に半構造化面接を実施し、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを 用いて分析を行った。
3.倫理的配慮本調査は、日本社会福祉学会研究倫理指針に基づき、実施した。調査協力者には、 事前に調査について口頭および文書にて十分に説明を行い、調査協力への同意を得た。 個人情報(個人名、場所など)はすべて匿名化し、文字データへの変換後、録音データは すべて消去した。調査結果の公表過程において個人が特定されることがないように配慮し、 調査協力によって協力者の安全が脅かされることがないように最大限の注意を行った。 なお、本研究は、大阪府立大学人間社会学研究科において研究倫理審査を受け、その承認を 得た。
4.研 究 結 果 被害者が暴力関係から「脱却」するには、≪決定的底打ち実感≫と≪パワー転回行動≫
の二つのプロセスが作用していた。また、それらのプロセスを支えるパワーの源泉が、
≪生き続けた自己≫であった。以下それぞれの≪コアカテゴリー≫について、<カテゴリー>
および『概念』を用いて説明するとともに、そこから得られた知見を簡略に示す。
(1)離別の決意に至るプロセス ≪決定的底打ち実感≫
離別の決意をもたらすのは≪決定的底打ち実感≫である。被害者は暴力のエスカレート
する生活の中で、<奪われていく自己>を経験する。しかし、その一方で被害者の中には
確実に『暴力への限界認識』『パートナー関係の疑念』『心身からのSOS』『自己喪失
恐怖』による<限界シグナルの蓄積>がなされていき、離別の決意を促進する基底となる。
その<限界シグナルの蓄積>という前提条件のもと、『周囲からの直言』『自己投影事象
への直面』により<背中押しシグナルの受取り>を経験した被害者は、『引き金事象』を
契機に≪決定的底打ち実感≫を抱き『目覚めの瞬間』を経験する。離別の決意のプロセスは、
被害者が自分自身の置かれている状況や加害者との関係に対して意味や気づきの再形成を
行い、「限界」を明確に認識するプロセスといえる。
(2)暴力関係から「脱却」する行動化のプロセス ≪パワー転回行動≫
≪決定的底打ち実感≫をもつに至った被害者は、<行動する主体としての自分の取戻し>
を行っていた。『行動化の急発進』をし、『自己資源掘り起こし』と『支援獲得行動』に
転じる。被害者は選択肢が限られ危機迫る中で時に『支援ルートのっかり』を行うが、
『私が決める』主体であった。また、『支援獲得行動』の中で『命綱』『太鼓判』『プラット
ホーム』『知恵の宝庫』として役割を果たす<決意行動をつないだ他者存在の獲得>をする。
その結果、『生きる場の確保』と『安全の担保』という<「脱却」の不可欠要素の確保>に
至る。それらは、それぞれ相互に促進的に作用し合うことにより≪パワー転回行動≫を生み
出し、暴力関係からの「脱却」を可能にしていた。被害者はこのプロセスにおいて、被害者
自身の持つパワーの使途を「生き抜く」ことから「生き直す」ことに転回させ、加害者に
奪われていた自分の人生や生活について主体を取り戻し、それらをコントロールする力つまり
パワーを手にすること、および加害者にその奪還したパワーを見せ示すことをも意味する
≪パワー転回行動≫を実現していた。
(3)パワーの源泉 ≪生き続けた自己≫
暴力下の<奪われていく自己>に対抗する形で、被害者には≪生き続けた自己≫が存在
する。自分の核となって残っている『肯定的自己原型』、暴力を甘受する一方で残り続けた
『暴力への拒絶感・違和感』、孤立化していく状況の中においても加害者以外の社会関係が
かろうじて保持されている『「二人ワールド」の回避』が≪生き続けた自己≫を支えた。
そして被害者は、離別の決意や行動化の局面で『希望の光の見出し』をし、『スピリチュアル
な存在からの守られ・背中押され感』を感じとっている。≪生き続けた自己≫は、離別の決意
と行動化のプロセスを支えるパワーの源泉となった。
以上の結果から、被害者が自己の置かれている状況を客観視できるよう「背中押しシグナル」
を送ること、被害者自身が決意し行動化する際に支援に繰り出せるようにスタンバイして
おくこと、そして被害者の持つ力を信頼し≪生き続けた自己≫を支える他者となるようつながり
続けることが支援として重要であると示唆された。