性的人格権の社会権的側面の考察
-振動性・脆弱性への着目から-
○ 十文字学園女子大学 片居木 英人 (会員番号1716)
キーワード: 《性的人格権》 《社会権》 《発展の権利》
筆者は、売買春否定の法理を、普遍性、立場互換性、向人間安全保障性に求めてきた。
また、その理論的構築及び考察を本学会の女性福祉・ジェンダー分科会において展開してきた。
売買春は、普遍性、立場互換性、向人間安全保障性という法的本質(法原理)に照らし、
他者関係性の中において、性的自己決定権を不安定化・他律化・侵食化させる性質・傾向・
方向性をもつと結論づけられる。視点を変えて言説すると、性的人格権すなわち「人間の
性的尊厳に由来する性的自由(強制、脅迫、恐怖からの自由)や性的自己決定(自立、自律、
自治への自由)を基本性質として、暴力性を排除していく自由権、性的指向を含む性による
差別的取扱いの撤廃をめざしていく平等権、ジェンダーに敏感になる視点からの積極的で
多面的な施策を要求していく社会権、これらの要素を集合させたところの、セクシュアリティ
という人格価値についての、個人にとっての固有の具体的権利」の核となる性的自由や性的
自己決定という基本性質は、国家権力や社会経済的条件、他者関係性の如何によって大きな
影響を受けやすい特徴をもつといえる。つまり負の性向としての振動性・依存性・脆弱性を
有しているのである。
本報告は、性的人格権の社会権側面を、性的人格権を成立させ支える広義のセーフティ
ネットとしての社会権保障の意味やあり方につなげて、考察を進めていくものである。
上のような性的人格権の意味内容であるが、特に「ジェンダーに敏感になる視点から
の積極的で多面的な施策を要求していく社会権」というとき、まず第一に、セクシュアリティ
について学習する権利、科学的な性情報を得る権利、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
(性と生殖に関する健康/権利)、暴力被害者(売買春、セクシュアル・ハラスメント、
ドメスティック・バイオレンス(DV)、人身売買の被害者)の人権回復と生活支援の福祉的
対応施策が社会権保障施策として挙げられよう。もちろん、性的自由に着目するとき、
その確保をめざす法として、売春防止法、DV防止法、児童買春・児童ポルノ禁止法、児童
虐待防止法、高齢者虐待防止法等が存在する(自由権の社会権としての保障)。また性的
平等としては、男女雇用機会均等法や性同一性障害者特例法等が存在する(平等権の社会権
としての保障)。
しかし、これらのような意味内容としての社会権側面の保障(狭義の社会権保障)だけ
では、国家権力や社会経済的条件、他者関係性から大きな影響を受けやすく、負の性向と
しての振動性・依存性・脆弱性をもつ性的人格権を成立させ支えることは不十分であり、
また困難なのである。そこで、性的人格権に密接不可分の、連続する広義のセーフティネット
としての社会権保障の意味やあり方が問われることになる。そして、この広義のセーフティ
ネットとしての社会権保障の意味やあり方を問う指針となるのが「発展の権利に関する宣言」
(発展の権利宣言:国連総会採択1986年)なのである。
日本社会福祉学会「研究倫理指針」の、第2「指針内容」の、A「引用」項目の遵守。
4.研 究 結 果 国内における発展の権利の実現として、発展の権利宣言8条1項は「国家は、国内的な
面において、発展の権利の実現のために必要なすべての措置をとることを約束するべきで
あり、とりわけ、基礎的資源、教育、保健サービス、食糧、住居、雇用及び収入の公平な
配分をすべての者が享有することができるよう機会の平等を保障する。発展過程における
女子の積極的な役割を確保するために、効果的な措置をとることが約束されるべきである。
すべての社会的不正義を除去する目的で、適切な経済的及び社会的改革が行われるべきで
ある。」とうたう(宣言文日本語訳は、国際女性法研究会編『国際女性条約・資料集』東信堂、
1993、267~269頁より引用)。この条文に示される要素を人権論的に再構成すると、最低
生活保障権、教育への権利、医療・保健サービスを受ける権利、食糧への権利、住まいへの
権利、就労し働きつづける権利を総合して社会権として保障していくことを明示していると
理解し得る。
筆者は、婦人保護事業の公共性について、旧来型の「売春性、転落危険性に焦点化する
保護更生的公共性」から「性的人格権を中心とする包括的な人権保障型公共性」へ、法的
価値や法的枠組みの組み換えを伴って転換させていくことの必要性を主張してきた。それは、
性的人格権が単独ではなく、連続して広く生存-生活権の安定度・不安定度に深く連関・連動
して危険方向で共振し、阻害・侵害されていく人権状況を構造的に把握しようとしているから
にほかならない(片居木英人『社会福祉における人権と法 三訂版』一橋出版、2005、
153頁)。
振動性・依存性・脆弱性をもつ性的人格権ゆえ、その基本的人権を成立させ支えるため
には、性的人格権と密接不可分の、連続する広義のセーフティネットとしての社会権理論を
形成し、また現実具体的な総合的生活保障政策として展開されなければならない。発展の権利
宣言は、この点に関しても示唆に富む。同宣言9条1項は「この宣言が掲げる発展の権利の
すべての側面は、不可分かつ相互依存的であって、それらの各々は全体に照らして理解される
べきである。」と述べる(宣言文日本語訳は上記文献より引用)。性的人格権を経済的側面、
社会的側面、文化的側面、政治的側面、市民公共性的側面から連関構造的にとらえ、社会権
保障としての特質を明らかにしていく理論的作業が求められている。