特定課題セッションセッションⅢ: 地域・『当事者』が参加・参画する社会福祉専門教育  吉村 夕里

社会福祉教育のナレッジデザインへの利用者の参画とコミュニティ形成に関わる研究

京都文教大学  吉村 夕里 (会員番号4818)
キーワード: 《利用者参画》 《ナレッジデザイン》 《状況的学習モデル》

1.研 究 目 的

大学等の援助専門職の養成教育では実習教育が大きな位置を占めており、学外で実施される実習教育にとっては、 保健福祉医療サービスの利用者(以下:利用者)の存在は不可欠である。しかし、大学内の学習環境においては、 利用者の存在は不可欠とはみなされていない。利用者はゲストスピーカーやメッセンジャーとして、体験談や生活 状況、参加している組織の活動を語ったり、紹介したりすることはあっても、授業のデザイン、教材開発、授業の 実施、評価などの大学教育の一連のプロセスに参画することは稀である。援助専門職の養成教育においては、実習 教育と演習教育を関連づける必要性が指摘されてはいるが、利用者やケアラーたちが、大学等の援助専門職の養成 教育に対して、「どのような役割を実際に担ってきたのか」「どのような権利を有しているのか」についての論考 は乏しく、とくに権利の側面からの論考を欠いている。また、養成教育のカリキュラムの見直しと整備に焦点があ てられるものの、利用者や教材といった「人」や「モノ」を、大学内の学習環境に如何に布置させるべきか、につ いての検討が欠落しがちである。本研究は、従来の社会福祉教育のなかでは援助対象として受動的に扱われてきた 「利用者」(人)と、教育手段として補助的に扱われてきた「教材」(モノ)に焦点をあてて、①「利用者参画の 映像教材づくり」と、その映像教材を使用した「利用者参画の授業」の紹介とその特徴の分析をとおして、②援助 専門職教育の学習環境デザインにおける「人」や「モノ」の位置づけについて考察するものである。

2.研究の視点および方法

「利用者が参画した映像教材づくり」の事例としては、サービスの利用者と提供者、学生、社会福祉教育に関わる 大学の研究者など、実41名を構成員とするプロジェクトが2008年6月から9月にかけて行った精神医療ユーザーや車イス 使用者が参画する映像教材の開発過程をとりあげて、その特徴を分析する。「利用者参画の授業」としては、K大学に おいて2008年10月から2009年6月にかけて行った利用者参画の社会福祉教育をとりあげて、その特徴を分析する。また 、以上の質的分析をとおして、利用者が参画する社会福祉教育のナレッジデザインの体系化に向けての考察を行う。

3.倫理的配慮

映像教材の開発においては、研究目的を説明して合意を得たものによって構成されるプロジェクトを組織した。 また、映像教材の公開にあたって、個人情報への配慮を希望するものに対しては、個人が特定できないような工夫 と配慮を行った。

4.研 究 結 果

「利用者参画の映像教材づくり」の特徴としては、①利用者に加えてインターエージェンシー、インタープロ フェッショナルな構成員が参加するプロジェクト方式を採用していること、②身体障害および精神障害当事者自身 がスクリプトの提供者あるいは脚本家や撮影の点検者やアクターとして、企画から映像化までの全過程に参画した こと、③利用者の日常生活や実践現場での現実のやりとりに基盤を置いたボトムアップ形式のデータ収集を行うと ともに、④サービスの利用者や提供者が日常的に体験している軋轢や葛藤を素材とした現実的なテーマや、具体的 な場面力動をデータとして使用したこと、があげられる。「利用者参画の授業」の特徴としては、従来のゲストス ピーカー型の教育とは異なり、具体的な場面について、プロジェクト参加者間あるいはプロジェクト参加者と教育 対象者との相互作用そのものの活性化をめざしたことがあげられる。以上は、援助技術が援助現場を構成している コミュニティの成員の相互行為の産物であり、利用者もサービス提供者同様に行為主体足ることを、学生が体験的 に認知していく過程に貢献する学習環境を形成するための方法論的特徴であると捉えられる。
  大学等における援助専門職養成教育では、利用者はサービスの利用主体として理念的には位置づけられている ものの、援助技術の受給主体としても、行為主体としても扱われてはいない。大学の学習環境においては、援助 技術を習熟する主体は学生である、教材を使用する主体は教員であるとの前提のもとで、利用者は援助技術の客体 として、教材は教員と教育実践の付属物として、補助的・受け身的に扱われている。以上の学習環境を自明のもの だとみなす旧来の学習モデルに対して、状況的学習モデルの枠組みに準拠して援助技術を捉えると、実際の援助 技術は、サービス利用者とサービス提供者や地域住民などの「人」と、教材や用具などの「モノ」が布置された 状況のなかから生起してくるもの、「人」や「モノ」の相互作用のなかから立ち現れてくるものであり、共同的 な行為の産物でもあるとみなせる。それ故、サービス利用者もサービス提供者も、サービス提供者が保有する 「モノ」も、援助をめぐる相互作用の行為主体であると捉えられる。利用者を援助技術の受給主体として明確に 位置づけるならば、利用者は援助専門職の養成教育の利害関係者であり、養成教育に参画する権利を本来的にも っていることになる。同時に、利用者を援助技術の行為主体として明確に位置づけるならば、大学内での援助技術 の学習環境に利用者が参画していない、存在していないことが大きな問題となってくる。利用者を援助専門職の 援助技術の受給主体であると同時に、行為主体とみなした場合、援助専門職の養成教育への利用者参画は本来的 に不可欠な事柄である。今後は、「利用者参画の映像教材づくり」と「利用者参画の教育」のスパイラルアップ を図りながら、大学自身の学習環境を援助技術が実際に立ち現れてくるコミュニティとして再編していく必要が ある。
  注)本研究は平成21年度から23年度の科学研究費補助「社会福祉教育のナレッジデザインへの利用者の参画   とコミュニティ形成に関わる研究」(基盤研究C)に基づく研究である。

↑ このページのトップへ

トップページへ戻る


お問い合わせ先

第57回全国大会事務局(法政大学現代福祉学部)
〒194-0298 東京都町田市相原町 4342

受付窓口

〒170-0004
東京都豊島区北大塚 3-21-10 アーバン大塚3階

株式会社ガリレオ 学会業務情報化センター内
日本社会福祉学会 第57回全国大会 係

Fax:03-5907-6364
E-mail: taikai.jsssw@ml.gakkai.ne.jp