エコロジカル視点に基づくソーシャルワーク実践の質的分析の試み
-地域包括支援センターにおける1人暮らし高齢者の援助事例分析-
上智大学大学院 武居 幸子 (会員番号6405)
キーワード: 《高齢者》 《エコロジカル視点》 《地域包括支援センター》
本研究はエコロジカル視点に基づき、地域包括支援センターの1人暮らし高齢者の援助において人と環境の交互作用
がどのように起こるときにソーシャルワークが必要となっているのか、またソーシャルワーカーはどのように専門的機能
を果たしているのか、を現場の実践からとらえることを目的とした。
エコロジカル視点は、人と環境の適合を、ライフ・ストレッサーとそれに対する人間の対処(コーピング)の交互作
用から捉えている。ライフ・ストレッサーは1)困難な人生移行と深刻なライフイベント、2)環境からの圧迫、3)機能
不全に陥った対人関係プロセスの3つがあるとされている。コーピングについては、エコロジカル視点では明確に示されてい
ないものの、心理学分野等の先行研究によって1)問題焦点型コーピング、2)情動焦点型コーピング、3)回避型コーピ
ングの3タイプがあることが知られている。よって、本研究では上述の分類をライフ・ストレッサーとコーピングの分析枠
組みとして用いることとした。ソーシャルワーカーは人と環境の適合をよりよいものとするために機能を発揮する。本研究
では、エコロジカル視点で示されたソーシャルワーク機能をもとに、高齢者へのソーシャルワークに関する先行研究等もふ
まえて次のように分類して捉えることとした。ソーシャルワーカーが高齢者本人へ働きかける機能は、精神的支援、情報提
供・助言、直接介助・物品提供、見守り、関係調整(対 本人)である。環境に対して働きかける機能は、サービス利用支
援、関係調整(対 環境)である。
分析の対象としたのは、地域包括支援センターにおける社会福祉士の援助事例である。本研究への協力に承諾の得ら
れた3ヶ所の地域包括支援センターから、それぞれ4事例、4事例、3事例の提供を受け、合計11事例の分析を行った。事例は、
1人暮らしの事例であること、他職種の事例に補助的に関わったのではなく社会福祉士が主となって関わったこと、ソー
シャルワークの専門性を発揮して援助したと感じている事例であること、の3点を条件に社会福祉士に選択してもらった。
分析はケース記録、ソーシャルワーカーへのインタビュー、高齢者へのインタビューの3つのデータ源から、ライ
フ・ストレッサー、高齢者のコーピング、ソーシャルワーカーの機能を読み取り、質的に行った。第一段階は、11事
例のケース記録の文書分析である。ケース記録に挟み込まれている、経過記録を始めとする全ての文書を対象とし、援助過
程からライフ・ストレッサー、高齢者のコーピング、ソーシャルワーカーの果たした機能が読み取れる部分を抽出した。
第二段階は、担当ソーシャルワーカーへのインタビューである。文書分析の結果の確認および修正をしてもらった上で、
ケース記録には書かかれていないことなどをきいた。第三段階は、高齢者へのインタビューである。ソーシャルワーカー
の認識と合わせて、高齢者自身の認識も分析することにより、事例を多角的に捉えることを目指した。第四段階では、第一
から第三段階までの分析を踏まえて、分析全体に対する確認および修正のために再度ソーシャルワーカーへインタビューを
した。これらの四つの段階を経て、最終的に各事例におけるライフ・ストレッサーとコーピングの交互作用、およびそれに
対してソーシャルワーカーが果たした機能をまとめた。
倫理的配慮としては、インタビューの対象者に口頭および書面にて研究の趣旨について説明を行い、同意を得た上で インタビューを実施した。また、プライバシー保護のため、本報告では各事例の人物の氏名、日時と地名は伏せ、その他の 固有名詞は当該サービス・機関をさす一般名詞に変更し、個人が特定されないようにした。さらに事例には、内容の本質を 変えない程度に変更を加えている。
4.研 究 結 果 11事例の分析の結果、ストレッサーとコーピングの交互作用は以下の通り3つのパターンに整理することができ、それ
ぞれに合わせてソーシャルワーカーが機能を発揮して援助を実践していたことが明らかになった。
1)ストレッサーが高齢者のコーピングを上回っているもの。このような状況に対し、ソーシャルワーカーはⅰ)高
齢者自身のコーピングをより強化する場合とⅱ)高齢者のとっているコーピング以外の対応をとる場合とがあった。
2)ストレッサーとコーピングが不調和を起こしているもの。ストレッサーに対する高齢者のコーピングが必ずしも
適切とは言えず、コーピングが新たなストレッサーを引き起こしているものである。このような状況におけるソーシャルワ
ーカーの働きかけはⅰ)既に新たなストレッサーが引き起こされているため、その解決も含めて働きかけている場合とⅱ)
まだ新たなストレッサーは発生していないものの、発生が予測されるために予防的に働きかけている場合があった。
3)ストレッサーとコーピングが調和しており、問題となる状況は生じていないもの。このような状況においても、
援助プロセスからみて働きかけをしておくことが望ましいと判断された場合にはソーシャルワーカーは働きかけをしていた。