ナラティヴ・アプローチにおける「書き換え」の技法
-「ナラティヴ・ソーシャルワーク」の可能性-
駒澤大学 荒井 浩道 (会員番号5909)
キーワード: 《ソーシャルワーク》 《ナラティヴ・アプローチ》 《物語の書き換え》
本研究の目的は、ナラティヴ・アプローチにおける「書き換え」の技法に着目することで、「ナラティヴ・ソーシャル
ワーク」を展望し、わが国のソーシャルワーク実践への応用可能性と限界を明らかにすることである。
ナラティヴ・アプローチ(Michael White, David Epstonのモデル)による「介入」は、①「問題の
外在化」、②「ユニークな結果の発見」、③「物語の書き換え」という3ステップで展開される。
このナラティヴ・アプローチをソーシャルワークの技法としてとらえた場合、その出自である「セ
ラピー(心理療法、家族療法)」との理論的な差異をどのように考えていくかは、ディシプリンの固有性
を主張していくうえで重要な課題である。またこのことは理論的関心としてだけではなく、わが国におけ
るソーシャルワーク実践への導入を考えた際にも問題化する。例えば面接室や相談室ではなく、アウトリ
ーチした居宅においてセラピューティックな技法(問題を命名する、手紙を用いるなど)を駆使すること
はあまり馴染まない。ナラティヴ・アプローチは、ソーシャルワークにとって専門職のスタンスや質問の
あり方、語られた物語の権力性への配慮などの点において多くの貢献をしたが、わが国のソーシャルワーク
実践にそのまま導入することは困難を伴う。
他方、ナラティヴ・アプローチには、面接場面を離れ、日常生活に戻った利用者が、そこに厳然と存
在し続ける「過酷な社会的現実」とどう向き合っていけばいいのかという問題もある。これはポスト
モダン理論に立脚するナラティヴ・アプローチがかかえる本質的課題といえる。利用者は、面接場面において
困難な物語から、別様の心地よい物語への書き換えを受けエンパワーされる。しかし利用者は、日常生活に戻る
ことで再び過酷な社会的現実に打ちのめされ、困難な物語のドミナンスが強化される。何度面接をしても、利用
者は困難を語り、専門職はそれを書き換えることを繰り返すという無限ループに陥る危険がある。このことは、
問題の源泉が、「地域」など不特定多数の人々から構成された集団にあるケースで深刻化する。ディシプリンの
性格上、ソーシャルワークとしてナラティヴ・アプローチをとらえると、この困難を克服することは直接的な課
題といえる。
本研究では、以上のような問題関心から、ナラティヴ・アプローチにおける展開プロセスのうち主とし
て③「物語の書き換え」の技法に着目することで、「ナラティヴ・ソーシャルワーク」を展望する。
本研究の視点は、①技法としてのナラティヴ・アプローチ、②物語の書き換え場面への着目、③ソーシャル
ワークとしての固有性、の3点である。
①本研究では、ナラティヴ・アプローチをソーシャルワークにおける「態度・姿勢(傾聴、無知の姿勢)」、
あるいは「非専門性(セルフヘルプ・グループ、ピア・カウンセリング)」として位置づけるのではなく、あくま
でもソーシャルワークの「技法」や「専門性」の文脈で論じる。本研究では、この視点と親和性の高い方法論して、
Michael White, David Epstonのモデルを取り上げる。
②本研究では、ナラティヴ・アプローチの介入プロセスである「問題の外在化」、「ユニークな結果の発見」、
「物語の書き換え」のうち、特に最後の「物語の書き換え」に着目する。ポストモダン理論に立脚するナラティヴ・
アプローチでは、一度書き換えられた利用者の物語と社会的現実の間にコンフリクトが生じやすい。このコンフリク
ト解消の方向性を探るため、本研究では、「物語の書き換え」場面における仕上げの方法に着目する。
③本研究では、ナラティヴ・アプローチをその出自である「セラピー(心理療法、家族療法)」の延長として
ではなく、「ナラティヴ・ソーシャルワーク」とでもいうべき、ソーシャルワーク固有の文脈でとらえる。セラピュ
ーティックな介入が馴染みにくい我が国のソーシャルワークの現状を踏まえ、実践に耐えうるナラティヴ・アプロー
チの可能性を展望する。
本研究の方法は、以上の3つの視点をふまえつつ、発表者自身の地域包括支援センター社会福祉士(非常勤)
の実践から得られた事例からトランスクリプトを作成し、その内容と形式に着目して分析する点に特徴がある。
本研究では、発表者自身の地域包括支援センター社会福祉士(非常勤)の実践から得られた事例を扱うため、 "社団法人日本社会福祉士会「会員が実践研究等において事例を取り扱う際のガイドライン(2003年4月19日制定、 2007年2月27日改正)」"を遵守する。
4.研 究 結 果 本研究では、ナラティヴ・アプローチにおける「書き換え」の段階において「ソーシャル・アクション」の
視点を導入することの優位性を主張し、「ナラティヴ・ソーシャルワーク」を展望するとともに、その応用可能性と
限界を論じる。