高度専門職に求められるソーシャルワークの固有性 Ⅱ
-ソーシャルワーク実践の科学性をめぐって-
○ 同朋大学 安井 理夫 (会員番号4944)
関西福祉科学大学 太田 義弘 (会員番号0010)
同朋大学 小榮住 まゆ子 (会員番号6307)
広島文教女子大学 溝渕 淳 (会員番号4505)
キーワード: 《有限性》 《五感》 《実存性》
報告者らは、昨年の本学会で、ソーシャルワークの支援特性が「所与の現実を利用者の実感に照らして問い直す」点に
あることを指摘し、どのような方法や指標を用いればその実感の確かさを実証できるのかを報告してきた。
その後の質疑応答のなかで、同じ「科学化」という用語を用いても、われわれが目指す日々の固有な生きざまからなる実存
的「現実」にアプローチする方法としての「科学」と、絶対的な「現実」を社会科学的な方法論で解明・解析しようとする「科
学」との深淵さを実感してきた。もちろん、これらを想定しての研究であることはいうまでもない。
ソーシャルワークにとって、支援過程の科学化は、本来、手段であって目的ではない。したがって、科学化や高度専門職に
求められる技術といったテーマの議論は、そもそもなぜソーシャルワークに科学化が必要とされるのかという原点に立ち返り、
価値との整合性や統合性を視野に入れて議論されるべきだとの認識を改めて強固にさせられている。
このような課題意識から、本報告は、これら2つの「科学」認識論が、現実認識のツールを介して、いかに目的や発想を異
にしているかについてまず解明したい。それらの成果をふまえ利用者の自己実現や社会的自律性の獲得や強化というソーシャル
ワークの価値実現に寄与できる「科学性」について考察し、ソーシャルワークの専門性とは、スペシフィックな実践力ではなく
、価値に根ざした支援過程の科学化にあることを明らかにしたい。
(1) まず、社会科学が主張する「科学」と、報告者らが提案している実存的な「科学」とを、価値・知識・方策・方法といった ソーシャルワークの構成要素から分析し、それぞれの特徴を対照表にまとめる。
(2) 次に、中村雄二郎が提示している2つの知のあり方、すなわち(a)普遍性、論理性、客観性を特性とする西洋科学の知と、 (b) コスモロジー、シンボリズム、パフォーマンスという特性をもった臨床の知、をふまえて、われわれが主張する「実存性」 が、これら6つの特性のうち、何をどのように組み合わせた概念なのかを考察する。
(3) そして、われわれが身体という具体的な限界(有限性)をもつ存在であることに着目し人間が現実に実感し、そこで生 きることができる世界や時間のなかで自己実現や社会的自律性を目指すには、どのような「科学」を核にすべきかを提案し、 そこからソーシャルワークにおける「科学」のあり方と、支援の固有性について考察してみたい。 3.倫理的配慮
本研究は、日本社会福祉学会研究倫理指針を遵守して行なっている。
4.研 究 結 果(1) 統計的な方法は、数値化のための計算式やアルゴリズムなどをその正当性の根拠としていて、人間が実感できる範囲を超 えた抽象的な現実認識の方法だと考えられる。しかし、われわれは、利用者の実感がどの程度確かなものなのかを知りたいだけで 、その頻度やパターンあるいは内容の解析を求めているわけではない。また、自然科学的な方法によって矛盾が必ず回避できるわ けではなく、矛盾や限界を生きることが人間の実存であり、それらを無視して生きる意味を見出すことができないとすれば、支援 の絶対的根拠をそこに求めることに無理があると考えられる。
(2) 以上のことをふまえて、西洋科学の知と臨床の知をつなぐための実存性概念をつぎのようにまとめることができる。
(a) 身体性すなわち五感を通して感覚されうる観察可能なものに裏づけられていてはじめて、生きることが可能な固有性を もつこと。
(b) これらとの関わり方(意味づけの方法)であるシンボリズムと、分かちあおうとする意志であるパフォーマンスが必要 とされること。
(c) したがって、実存性とは、五感によって感覚されるものという限定をつけた具体的な「普遍性」と、それをどう意味 づけ分かちあうかというシンボリズム、パフォーマンスが組み合わされたものだと考えられること。
(3) ソーシャルワークが証拠にもとづく実践を主張してきたのは、60年代からで、利用者にわかりやすく支援の成果を実感 できる実践を目指すことからであった。それは社会に対しもソーシャルワークの有効性を平易に説明することでもあった。五感を 通して実感できないような高度の「科学」をソーシャルワークは求めてはいない。したがって、高度専門職に求められる「科学」 は、次の3条件を満たす必要があると考えられる。
(a) 普遍性のベクトルが無制限に抽象的に逸脱せず、われわれが生きることのできる具体的な生活(行動)や生活の場(範囲)に根ざしていること。
(b) 場面や時間など、「ある状況における」という限定を忘れないこと(論理性)。
(c)「正しさの基準」が利用者と合意できるもの(手法)であること(客観性)。
などを指摘して、ソーシャルワークの固有性と科学性への立脚点を明確にしたい。