精神保健福祉領域でソーシャルワーカーが感じる業務上の困難
-精神保健福祉士への実態調査を通して-
立命館大学 岡田 まり (会員番号1740)
キーワード: 《精神保健福祉》 《ソーシャルワーク》 《業務困難》
本研究の目的は、精神保健福祉領域のソーシャルワーカーが業務を行う際に感じる困難とそれらの関連要因を明らかにする ことである。わが国では、いまだ精神障害者の社会的入院が多く、ソーシャルワーカーには精神障害者の自立や地域生活を支援 する重要な役割が期待されている。しかし、それらの業務を行うに際して、さまざまな困難に直面している。本研究では、それ らの困難さを明らかにすることで、ソーシャルワーカーの労働条件や業務内容の改善、専門職の資質向上に資することをめざす。
2.研究の視点および方法精神保健福祉士の職能団体に所属する会員310名を対象に、2008年10月から11月にかけて自記式質問紙を用いた郵送調査を 実施した。質問紙は、基礎属性、労働実態、業務上の困難、困難に関連する要因等から構成されている。業務上の困難は、ソー シャルワーク業務を遂行する際の困難で26項目あり、そのうち18項目は、「平成19年度 地域包括支援センター社会福祉職 業 務環境実態調査」(社団法人 日本社会福祉士会 地域包括支援センター評価研究委員会編、2008)の自己評価シート項目を参考 に、精神保健福祉領域での業務実態を考慮した上で、日本社会福祉士会の許諾を得て一部改変したものである。これらの項目は 個別レベル、組織レベル、地域レベルのものからなり、各項目に対して、「ほとんど困難ではない(1点)」から「とても困難で ある(5点)」までの5件法で回答を求めた。困難に関連する要因については、会員を対象に「仕事の上で困ること・難しいと思う こと」をフォーカスグループインタビューで尋ねたり、総会終了後に無記名で自由記述したものを提出してもらったりしてデータ 収集し、それらをもとにエキスパートレビューを経て、最終的に17項目を選定した。各項目に対して、どのくらい「困った」 あるいは「難しい」と感じているかを、「ほとんどそう思わない(1点)」から「とてもそう思う(5点)」までの5件法で回答を 求めた。分析は、記述統計と相関分析を行った。
3.倫理的配慮調査への協力は任意であること、本調査で得られたデータは調査目的以外には使用しないこと、無記名で実施し個人情報が 明らかになることはないことを協力依頼文のなかに明記した。また、データは統計的に処理し、報告時に個人や所属機関が特定さ れることのないように配慮を行った。
4.研 究 結 果 有効回答は145名(回収率47.2%)で、男性が40名(27.6%)、女性105名であった。年齢は20歳代が37名(25%)、30歳代
が61名(42%)、40歳代が22名(15.2%)であった。回答者のうち、127名(87.6%)が精神保健福祉士、55名(38%)が社会福
祉士の資格保持者で、149名(96.6%)が対人援助関連の仕事に就いていた。対人援助職経験年数は平均10.9年(標準偏差8.96)で
あった。勤務先は、医療機関が64名(44.1%)で最も多く、次いで福祉施設機関等が53名(36.6%)、そして行政機関が16名(11.0
%)の順となっていた。
業務上の困難さについて、困難度が高かったものから順に、「所属組織が直面する可能性のあるリ
スクへの対応策準備を行う」(平均値3.63±0.97)、「地域住民に対し、利用者支援への理解が深まるよう働きかける」(平均
値3.57±0.99)、「定期的もしくは随時、組織の取り組みについて評価を行う」(平均値3.52±1.06)、「関係者と共に、制度
施策課題の改善に向けた働きかけを行う」(平均値3.52±0.97)であった。一方、利用者への直接的な関わりや社会資源の把握、
職員間の情報共有については、それほど困難度は高くなかった。困難に関連する要因では、平均値が高かった順に、「現在の法
制度や社会資源では十分な支援ができない」(平均値4.01±1.01)で、「制度の変化が激しく、理解して相談業務に適用するのが
大変である」(平均値3.97±1.00)、「スーパービジョン(ピアスーパービジョンを含む)を受ける機会が少ない」(平均値3.85
±1.11)、「業務量が多い」(平均値3.58±1.18)、「この仕事の収入では家計の面でゆとりがない」(平均値3.47±1.38)となった。
また、年齢と個別レベルでの業務困難、スーパービジョンの機会と業務困難、それぞれの間に負の相関がみられた。
以上の
結果から、回答者の多くが所属組織内や地域への働きかけなどメゾおよびマクロレベルの業務で困難を感じていることが示された。
また、法制度や社会資源の不整備、スーパービジョンを受ける機会の少なさ、業務量の多さなど、ソーシャルワーク業務を遂行する
際に阻害要因となるものが明らかになった。特に、法制度や社会資源の不整備に直面しながらも、それらの改善にむけての働きかけに
困難を感じているのは大きな課題である。従来より、メゾおよびマクロ・レベルでの介入についてはソーシャルワークの教育・実践
ともに不十分であることが指摘されてきたが、今後、教育現場および実践現場での真摯な取り組みが必要であろう。また、スーパー
ビジョンは業務の困難さを緩和させ、サービスの質の向上に寄与することが高く期待されるため、現場にスーパービジョンを制度と
して定着させることも必須である。さらに、これらに関しては、個々のソーシャルワーカーの努力もさることながら、職能団体や学会
なども社会へ働きかけを行っていくことが不可欠である。なお、本研究の結果は、対象が1職能団体の会員であり、しかも有効回収率
は50%以下であったことから、一般化することには留意が必要となる。今後、精神保健福祉領域のソーシャルワーカーの実態を把握する
には、さらなる調査が必要であろう。
最後に、本研究は京都精神保健福祉士協会との共同研究として行われました。ご協力い
ただいた会員の皆様と研究共同者の藤原真由美氏に感謝いたします。