自由研究発表方法・技術1  衣笠 一茂

ソーシャルワークの「主体性」に関する実証研究
-回復期リハビリテーション病棟におけるソーシャルワーク実践
  への質的研究を通して-

大分大学  衣笠 一茂 (会員番号2529)
キーワード: 《実践の科学化》 《関係性構築の原理》 《主体の構造への問い》

1.研 究 目 的

 本研究は、自己決定できない(と思われる)人々、あるいはさまざまな行為者間で決定が衝突するが故 にクライエントの自己決定を尊重するだけでは解決できないと思われる事例、を支援するソーシャルワーカー の実践の中から、従来の「クライエントの自己決定の尊重による個人の尊厳の担保」という言説を超える、 ソーシャルワークの原理と価値の理論構築を目的としている。別稿(衣笠、2009)で述べたように、筆者は 「自己決定」という概念をあるべき原理としてあらかじめ措定しておいて、その上で「自己決定できる個人」 の実現に向けた方法・技術的な理論構築を行うという今日的なソーシャルワークの関心や議論の方向性だけで は、もはや対応できない現実があると考えている。その上で、こうした現実の矛盾を解決し、ソーシャルワーク が目的とする「すべての人々の尊厳の尊重 respect for the dignity all persons」や「社会正義・公正 social justice」の実現ために、どのような価値と原理の理論構造が必要かを論究する知的営為が必要である と構想する。
  本報告はこのような関心のもと、「実践の科学化」を意図して報告者が行った回復期リハビリテーション病棟  (以下回復期病棟)におけるソーシャルワーク実践の質的調査についての分析をもとに、ソーシャルワークの  「主体性」を担保する価値理論の基盤を構築することを研究の目的としている。とくに実証研究から析出された3つ  のカテゴリー・グループが内包している意味と、生成された中核カテゴリーの意味について詳述するとともに、  「自己決定」を止揚しつつ新たな原理と価値を見出すためには、この調査結果から何を考察する必要があるのか、  その論究の課題を明示することを目的とする。

2.研究の視点および方法

 本研究の目的と照らし合わせ、調査研究方法として質的研究を採用するとともに、さまざまな質的研究 アプローチの中から、Flick,U.(1995=2002)の提唱する「構造主義的アプローチ」を選択した。このアプローチの 方法論に則って、調査対象機関として回復期病棟を選択し、調査対象者として1名の適切なソーシャルワーカーを 選定して、「クライエントの自己決定に依拠できない事例」または「多様な行為者間で決定が衝突し、葛藤を引き 起こした事例」についてのエピソード・インタビューを行い、最初のオープン・コーディングを行った。その後、 理論的コード化の手続きが要求する「継続的比較法」によって、同じ病棟のソーシャルワーカー3名にインタビュー を行い、コーディングと継続比較分析を展開した。最終的には4病棟・15人のソーシャルワーカーに対して、18例の インタビューによるデータ収集と分析を継続して行い、その結果理論的飽和化が達成されたと判断して調査を終了した。 調査期間は2007年3月から2008年10月である。

3.倫理的配慮

 日本社会福祉学会の研究倫理指針に基づき、調査対象の匿名性を護るために、本報告においては調査対象の 場所や個人を明らかにしていない。調査の実施に当たっては、調査対象者・対象機関に調査の意図を説明し十分な理解を 得るとともに、調査内容に差し支えのない範囲で調査対象者自身に事例が特定できないような加工を依頼している。 調査結果については調査対象者に開示し、本報告をはじめとする公開についての承諾を得ている。

4.研 究 結 果

 調査研究方法論の検討に基づいて行った調査の結果、「自己決定」が機能しない状況の下で実践を行っている ソーシャルワーカーが依拠しているのは、クライエントと彼や彼女をとりまく人々との「関係性構築の原理」であること が析出された。事例・コードマトリックス(佐藤、2008を参照)には、オープン・コーディングによって見出された18事例 のコードセットと、そこから軸足コーディングによって練り上げられた12個のカテゴリーが配置された。そして、これらの カテゴリーの相互関係をダイアグラムによって図式化し、選択的コーディングを行い中核カテゴリーを生成した。
  生成されたカテゴリーは、大別して3つのグループを形成している。まず「支援の前提条件」のカテゴリー・グループは、 回復期病棟に入院してソーシャルワーク援助を必要とするクライエントに共通する条件である。これらの条件に基づいて、 ソーシャルワーカーは2つ目のカテゴリー・グループを形成する「支援の方向性の模索」をさまざまな行為者との相互作用の 中から行い、退院後の生活のあり方に向けたアジェンダを提案してゆく中で、判断・決定できない「本人」と、彼や彼女に 代わって生活の方向性を設定してゆく「家族」との間にある関係性に注目する。そして3つ目のカテゴリー・グループに見られ るように、多様な行為者間の中で、クライエントの「自己決定」と衝突する「決定」に翻弄されながら、なおもその行為者間の 相互作用のあり方に注目し、最終的に家族がクライエントと向き合い、その存在を肯定的に受容してゆく(それは単に在宅復帰 だけを意味するものではない)ような「関係性の構築」をめざした支援を展開してゆく。
  このような「関係性構築の原理」は、原則として「個人」に価値をおく近代市民社会の構造において、新たな主体を鼎立 する可能性を秘めた社会的実践としてのソーシャルワークの「主体性」を担保する新たな論理構造を内包していると考える。 この「関係の価値」に基づいた主体論を基盤とした価値理論の構築が、今後の本研究の論究課題である。

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