自由研究発表方法・技術1  加茂 陽

訴えられる問題とは
 -ソーシャルワークのパラダイム変換を目指して-

○ 県立広島大学  加茂  陽 (会員番号1263)
県立広島大学  大下 由美 (会員番号4383)
キーワード: 《訴え》 《記述と反省》 《ミニマリストの援助パラダイム》

1.研 究 目 的

 ソーシャルワークとりわけ国内のソーシャルワークは、自らが介入の対象とする生活場面全体の変容理論および その技法、さらに変容結果の効果測定法に関して体系化が不十分である。この自らの成立根拠に係わる問題について、従来 の一連のモデル群に対して、基礎理論、変容理論、技法、効果測定の諸レベルに関して批判的吟味を試みつつ、それらの問 題点を明確にした上で、その体系の再構成を試みなければならないであろう。本研究においては、この最初の試みとして、 伝統的ソーシャルワークが自明のこととしてきた、クライアントの訴えを現実の反映と見なしているという実践の大前提に 対して、その理論的矛盾を明らかにしていきたい。そこで厳密な批判分析が実現するならば、従来のクライアントの問題に 対してのソーシャルワーカー共通の定義法には誤りがあり、それゆえ誤った問題定義に対する解決法は、問題解決とは原理 的に説明できなくなるというように、将棋倒し的に批判論を展開することが可能となる。つまり、ソーシャルワークにおけ るパラダイムの変換についての議論を試み、そのうえで、新たなモデルの概略を示してみたい。

2.研究の視点および方法

 本研究での考察の焦点はクライアントの訴えである。たとえば、毎朝登校時間が迫ると、「おなかが痛い」と子どもが 母親に訴える場面(クライアントは子ども)を想定してみよう。この子どもの訴え(メッセージ)は、通常子どもが自分の内面 に実在する腹部の不快感を冷静に、客観的に記述している記述と見なすことができるかもしれない。このように見立てると、 この内在的かつ客観的な腹部の「痛み」についての記述は、普遍的な測定尺度(様々な医学的検査など)に照らし合わされて、 正当か否かが判断される対象にされる。その上で、正当であると判断されたならば、それを消失させる介入が、支援者によって 試みられることになるであろう。
  他方同様の訴えは、音声伝達、そのときの感情、行為、自他の定義方法などを自分のものとして、相手に伝達する行為と 見なすことができるであろう。この捉え方に基づくと、「おなかが痛い」という子どものメッセージは、腹部の不快感を示す という単一な意味の行為ではなくなってくる。なぜなら、支援者が「おなかが痛いの?」と、クライアントに反省的に再記述 を求めたとしよう。するとクライアントは、このメッセージが単なる「痛み」が起こったという事実の記述としてではなく、 「今日は朝まで我慢したのに」、「自分の気持ちを解ってもらえない」、「いつも同じ叱り方ばかりする」、などと複合的に 最初の「おなかが痛い」という訴えについての説明をするであろう。ここでのクライアントにとっての「痛みの訴え」は、 トランズアクションにおけるクライアントのルールに従った行為と見なされることになる。
  このような訴えの捉え方の違いを、「記述論」対「反省論」という二分法で説明しなおすと、伝統的なクライアントの 問題分析法は「記述論」を前提として試みられてきたといえる。しかしながら、「痛み」と、「痛みの訴え」とは区分しなけ ればならない。「痛み」を他者不在の密室で表示する場面と、自らにとって重要な他者に訴える場面との差を想定するならば、 それらの差は明確になるであろう。ソーシャルワークにおいては密室での訴えは存在しない。ここで、クライアントの訴えの 一般的定義をしておこう。「訴えは複合的な伝達回路によって示され、他者に伝達されるトランズアクショナルな行為である」。 むろんこの定義は、ウィトゲンシュタインの言語ゲーム理論を下敷きにしたものである。
  また、本研究で議論する訴えについての分析視座は、疾患に関するものに限定されず、伝統的なソーシャルワークのキー 用語であるニーズについても妥当する。ニーズの不足の訴えという、これまでの訴えの実在論が否定されることになる。   このように、訴えの定義つまり問題定義が異なれば、解決のための介入のパラダイムは、適応に必要な条件の不在に対応 する、あるいは内在的病理の除去を試みるなどのいずれも実在論的問題解決のパラダイムでは正当性を失い、代わりに、クラ イアント自らの機能不全の現実の生成規則という、生成論的ソーシャルワークの方法論が浮上する。それは、加茂、大下らに よって体系化されつつある、クライアントによる訴えの反省的記述のひとつの要素を差異化し、その力の強化を試みるという、 小さな変化から大きな変化を作り出すミニマリストの援助パラダイムである。このパラダイムの詳細を一連の文献を提示しつつ 説明を試みたい。

3.倫理的配慮

 本研究の研究目的および方法は、学会研究倫理指針に則って行われている。

4.研 究 結 果

 この生成論的な、ミニマリストの援助パラダイムの理論及び技法レベルの有効性に関してはすでに一連の文献において 提示された。しかしながら、いまだ、変容過程を軸にした効果測定の統制された研究は不十分である。この点については、 測定法の実例を示しつつ、力動過程の説明に用いられる変数の妥当性および信頼性を中心に、その求められる改良点についても 論じてみたい。

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