自由研究発表歴史3  梅木 真寿郎

大林宗嗣と優生思想
-啓蒙思想に基づく負の痕跡:産児制限論を媒介として-

同志社大学大学院  梅木 真寿郎 (会員番号5606)
キーワード: 《大林宗嗣》 《優生思想》 《産児制限論》

1.研 究 目 的

 昨今における科学の進歩には目まぐるしいものがある。再生医療として期待されるES細胞や、遺伝子治療の 第一歩となるヒトゲノム解析、そして脳科学の分野からよせられる様々な知見、それらは一見すると、すべての人 を幸せにしてくれるかの如き幻想を抱かせる。もちろん、将来にむけ多くの命が救われるということは、喜ばしい ことなのかもしれない。しかし、そこには様々な倫理的な意味での問いが存在している。F.ゴールトンが抱いた 「優生学」という幻想は、新優生主義にかたちをかえ、尚も現代にむかって問いかけ続けている。
  本研究では、我が国において初めて体系的にセツルメントを研究した大林宗嗣(1884-1944)の思想研究の一環 として、大林が主張した産児制限論の中に潜む優生思想について、考察することを目的とした。

2.研究の視点および方法

 大林と優生思想の連関についての先行研究としては、加藤博史(1996:439-40)・三島亜紀子(2007:33-4)がある。 しかし両者ともに、大林に焦点化して論じたものではなく、優生思想をもった社会事業論者の一人としての紹介に 留まるもので、資料としても『社会事業研究』誌収録の「ユーゼニックスと社会事業」(大林1929)に限定した論及と なっている。そこで、本研究においては、大林の優生思想を縦断的に捉える中で、以下の三つの分析枠組みによっ て、検討を加えていくことにした。
  ①北米における体験を中心に、大林が優生思想を無批判的に受容していった経過及び要因を明らかにすること。 ②大林が展開した優生思想や優生運動の内実について考察すること。③大林が優生思想へと絡め取られるに至った 思想的限界及びその脆弱性について考察すること。

3.倫理的配慮

先行業績の知見と、今回提示する内容について、明確に峻別し、本報告を行うものとする。また、資料はすべて 原典にあたったものであり、当日配布予定の資料に参考・引用文献について、その出典について明示する。

4.研 究 結 果

 以下のように、大林が体験した社会的状況、思想的素地によって、優生思想が胚胎し、本来相反するはずの 「人間性の解放」と「人間性の剥奪」が混在する結果となった。
○北米シアトルにおける人種問題の体験:(a)優生思想というと、ナチスドイツによる政策が想起されるが、アメ リカも優生主義大国の総本山の一角を形成するものであった。強制断種法の制定はそのことを象徴するものである。 また、当時の人種政策の考え方は、WASP主導の「アングロ・コンフォーミティ」の立場であり、人種・民族(個 々の文化も)の差異に対する寛容さに欠け、人種に対する偏見・差別も顕著であった。(b)新マルサス主義の動向: アメリカはコムストック法により産児制限運動そのものは猥褻的なものとして排斥の対象であった。したがって、 サンガーによる産児制限運動そのものには、「生む/生まない」という生殖の管理を女性自身が行う権利の獲得と いう側面があり、社会改良的位置づけもできるものであった。(C)当時のアメリカのピューリタニズムは、社会の 発展・進歩を過度に信仰する社会状況を受容し、自然科学へも積極的に接近する極めてリベラルな立場を持つ、自 由主義的プロテスタンティズムの影響が強いものであった。これら(a)~(C)の体験を通じて、大林の優生思想を受 容する土壌が形成されたと考えられる。
○社会改良運動としての産児制限論の展開:(a)日本における史的背景としては、日露戦争・第一次世界大戦の勝利 等、帝国主義国として欧米列強に対抗し得る一等国としての皇国日本の自負心を強め、ナショナリズムの高揚をみ る。また、衛生行政の側面としては、急性伝染病への対策をおえ、慢性感染症・精神疾患への対策への転機を迎える 時期と重なった。そういった状況下において、優生思想的側面が前面にでた産児制限論が識者の間から提示される に至った。但し、国家的関心事である人口政策に直結するため、紆余曲折をたどることとなった。(b)啓蒙思想と フェビアン主義:大林はセツルメント論や民衆娯楽論の中で社会教育を軸に理論的枠組みを構築しているが、そ の思想的根底にあるものは、ルソーであり、フランス啓蒙思想である。また、大原社会問題研究所に着任したこ とにより、フェビアン主義を吸収することになった。(C)人格形成における「環境と遺伝」:大林はR.オウエンの 研究でも知られるが、その中で人格形成における環境要因を重視する。そしてその環境要因を改善するために教育 を活用するとともに、劣悪な環境の形成に遺伝的要素があることを指摘する。このところに、劣性遺伝を撲滅する 必要性を見出すことになった。
○近代個人主義の陥穽(ブルジョア・デモクラシーの限界):ルソーの啓蒙哲学である個人の自由、主体性を重ん じる近代個人主義は表面的には理想的なものである。しかし、その内実は、未成年状態への不寛容と排除の論理が 内包されている。また、フェビアン主義にしても、中産階級を軸とした思考形態であり、社会の最底辺からのもの ではない。その時代的限界を乗り越えることができなかったところに、大林の思想的脆弱性も存在することになった。

【当日配布資料:有】

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