自由研究発表歴史3  宇都宮 みのり

精神病者監護法立法に関わる窪田靜太郎発言分析
-明治期内務省の「監護」概念の検証-

ノートルダム清心女子大学  宇都宮 みのり (会員番号4372)
キーワード: 《神病者監護法》 《窪田靜太郎》 《監護》

1.研 究 目 的

本研究は、1900(明治33)年「精神病者監護法」制定時に内務省衛生局が想定した「監護」概念を明らかにすることを 目的とする。
  日本の精神障害のある人に関する法律には、精神病者監護法(1900)、精神病院法(1919)、精神衛生法(1950)がある。 前二法は1950年精神衛生法成立に伴い廃止となり、そして精神衛生法の改正法が現行の「精神保健及び精神障害者福祉に 関する法律」である。
  精神障害のある人をとりまく現在の問題として指摘される入院収容中心の精神医療を進めた精神科病院の建設は第二 次大戦後のことである。それ以前の精神障害のある人たちの大多数は入院治療とは無縁で、地域で、しかも在宅で暮らし ていた。とりわけ精神病者監護法時代には、同法が定める「私宅監置」を重要な処遇形態の一つとし、精神障害のある人 は家族により家庭内に「監護」されていた。私宅監置は1950年に廃止となる。そして過去のものとなった私宅監置制度は 現代では、「国家の必要」という原理・原則によって国民の人権は無視された社会防衛的なものという言説(岡田ら1965:31- 36)、あるいは、「このような状態は今も本質的にかわっていない」(石渡 1997:127-128)という言説の中で語られる。私 宅監置を精神障害のある人の積極的排除とするとするネガティブな捉え方は、主に治療の立場から法施行後の運用上の問 題を解明する研究に多い。たしかに公立精神科病院建設が進まない中、国民全体の約9割が貧困であった当該時代の社会 経済状況において、精神障害のある人が劣悪な状況下におかれてきたことは周知の事実である。しかし同法立法者である 内務省の意図、立案者の想定する「監護」概念などいわゆる「法理念」の検証なくして、私宅監置を排除規定と批判する ことはできない。そこで本研究では、同法を必要とする当該時代の社会背景・政策課題の背景要因をふまえて、精神病者監 護法立法の法理念である「監護」概念を検証する。

2.研究の視点および方法

法の立案者は内務省である。内務省は「流行病、伝染病のみならず、貧民救済、土地の清潔等人間の利害につながる ものすべてに関する国民一般の健康保護を担当する行政組織」として長與専斎が新設した(長與1958〈原板は1902:26〉)。 「人生の危害を除き國家の福祉を完了する所以の仕組」であり、「人間生活の利害に繋れるものは細大となく収拾網羅」し て一国の行政部をなす衛生行政の基礎を築いた長與専斎、およびその後継者である後藤新平、窪田靜太郎の衛生思想をたど りながら、国民全体の健康保護(生活保障)の仕組みをつくる際に、「精神病者」の健康保護をどのようにとらえ、何を守 ろうとしていたのかを検討する。すなわち、研究の視点は実際の治療や処遇ではなく、精神障害のある人の生活保障(権利 擁護)の仕組み(法理念)である。
  本研究の方法論としては、運動論ないし理念型のような演繹法は用いず、可能な限り第一次史料を発掘し、その史料発 掘に重要な意義を見出しながら、徹底した帰納法を用い、実証的に研究をすすめる(村上:2000:3)ことを重視したい。そし て過去の史実を今日的な時点において分析するのではなく、過去の一定の「当該歴史的時点」で当該歴史的事実(史実)を 把握し、その史実の意義を問い直す方法を試みたい。本研究で用いる主な史料は、1899(明治32)年から1900(明治33)年の 第13回、第14回帝国議会議事録である。特に、第14回帝国議会に政府委員として答弁に立つ窪田静太郎の発言に着目し、 それを分析することを通して、内務省の「監護」概念を明らかにする。

3.倫理的配慮

日本社会福祉学会の「研究倫理指針」に従って研究を推進する。研究に用いる史資料は原典にあたり、当日配布資料 に出典を明示する。また、史資料には、現代的価値観からすると不適切あるいは差別的な用語があるが、本発表においては 歴史的表現として使用する。

4.研 究 結 果

精神病者監護法の「監護」概念の歴史から学ぶことの1点目は、精神障害のある人の生活保障(権利擁護)の萌芽を同法 制定過程にみることができることある。同法立法関係者は精神障害のある人を「人權」侵害されやすい存在の象徴として 捉えており、「精神病者ト雖モ人權ヲ有スル」とする考えを有している。精神病者監護法案審議は、そのような侵害され やすい人々の「人權」保護をいかに実定法として具体化するかの議論に終始していたことから、同法の制定目的が精神病 者の積極的な排除ではないことは明らかである。同法の制定目的は、精神障害のある人の「人權」保護のため、精神病者 の監護義務者を管理することである。
  2点目は、その「人權」が個の権利ではないことである。法の目的を具体化するための方策として監護義務者の管理 を内務省管轄の行政警察による「権威」(強制的規制)に任せる体制を整備した。結果として精神障害のある人の「監護」 は、本人不在のパターナリスティックな保護として成立する。精神障害のある人の個の保護目的から乖離し、むしろ「イ エ」の保護のために、権威を中心とする監護義務者対象の義務立法として成立した。
  3点目は、「人權」保護の具体的な方策が精神病者監護法に明文化されなかったことである。未完におわった「人權」 保護が、先行研究の指摘するように、法施行後、精神障害のある人の劣悪処遇を生む原因となる。
  明治中後期の「人權」保護は、上記のようなパターナリスティックな干渉によって可能であったことがわかる。

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