自由研究発表歴史1  小西 律子

民間組織が保有する歴史資料の調査と保全
-日本ライトハウスにおける電子化事例報告-

小西 律子 (会員番号6744)
キーワード: 《民間組織》 《歴史資料》 《日本ライトハウス》

1.研 究 目 的

筆者は『社会福祉学 第50巻第1号』の論文で,岩橋武夫による大阪ライトハウスの設立過程を通して,明治から昭和 初期にかけて盲人集団に迫ってきた職業的自立の危機と,そのとき同集団が見せた危機克服の試みの一端を明らかにしよ うとした.そしてその研究を通じて,身体障害者福祉法成立に盲人集団がある重要な役割を果たしたこと,また大阪ライ トハウスによる日本型盲人社会事業の実践が,社会福祉事業法のいくつかの条文に影響を与えたことなどの仮説を得た. この仮説を検証するためには,大阪ライトハウスすなわち現在の日本ライトハウスに入って,同法人が保有する歴史資料 の調査を時間を掛けて行う必要があった.しかし,民間組織は,研究者のこうした願望に対応できるだけの余裕を持たな いのが,一般的であろう.これは,日本ライトハウスとて例外ではないと考えられた.
  本発表は,十分な研究業績を持たない筆者が,どのようにして一民間組織である日本ライトハウスの理解を得てその 内部に入り,現在どのような調査を行っているかについての実践報告を目的としている.またあわせて,同法人が,どの ようにして歴史資料を保全し,筆者を初めとする研究者の要望に応じていこうとしているかについて紹介する.

2.研究の視点および方法

民間組織は,現在および将来に渡って事業を維持発展させることを目的に存在している.そのため,その組織が保有 する歴史資料は,組織の目的に必要な範囲でのみ存続を許され,それ以外は廃棄されるのが一般的であろう.しかし, その組織が廃棄しようとしている資料には,過去の歴史を検証するための貴重な情報が含まれており,研究者にとって これこそが欲しい情報である.このように,同じ歴史資料であっても,研究者とそれを保有する民間組織では評価の視 点が異なっており,それが歴史資料の運命を左右することになる.
  この問題を打破するため,日本ライトハウスの資料調査に際して,筆者は以下のようなアプローチを取った. ① 同法人が歴史上重要な役割を果たしたという筆者のいくつかの仮説と,それを立証するためには資料の裏付けが必要で あることを,時間を掛けて説明した.その仮説が,対象組織の構成員にとっては自明であるように考えられる場合であ っても,歴史のある組織ほどそうしたことを知るのは一部の人に限られることが多く,調査に協力を得るにはこれは不 可欠の作業である. ② 歴史資料を電子化しさらにデータベース化することで,原物を将来に渡って良好な状態に保全 できるとともに,問い合わせに対しても迅速かつ低コストで対応できることを説明した.また,資料整理によって対象組 織の書庫に埋もれていた歴史資料に,ふさわしい価値を見いだしてもらうことを期待した. ③ 歴史資料の整理,電子 化,データベース化の作業を筆者がボランティアで行うことを提案し,作業計画書を作成して提示した.さらに,作業と 平行して資料調査もさせていただきたい旨,お願いした.
  資料調査,整理・電子化の期間は2008年8月から2011年12月までの3年4ヶ月を予定しており,月に2日程度の頻度で 同法人を訪問し,現在までののべ訪問日数は21.5日である.同法人訪問時は,資料の電子化のためのコピー取り,資料 整理担当者への聞き取り調査,作業進行状況の相談などを中心に行い,筆者の自宅にて,コピーした資料の裁断,スキ ャン,PDF・テキスト化,データの整理等を行った.また,「日本ライトハウス歴史資料管理システム」のプロトタイプ を知人の技術者にボランティアで作成してもらい,同法人に提示した.

3.倫理的配慮

日本社会福祉学会研究倫理指針に従った.

4.研 究 結 果

同法人が保有する歴史資料には,手紙,年報,会議録等,新聞切り抜き,蔵書,録音などがある.これらのうち2009年 6月現在,年報や著作物など213冊の電子化を終えた.また,手紙文および重要文書を,特別文書,ヘレンケラー関係文書, 国内文書,海外文書,岩橋英行関係文書に分類し,合計346文書の電子化を完了した.このうち,手紙文書については写真 撮影を行った.さらに,録音テープをMP3形式ファイルへ変換する作業や,同法人OBへの聞き取りも始まりつつある.また ,視覚に障害のある研究者からの問い合わせにも対応できるようにテキストファイル,あるいは文書のワード化を行って いる.同法人には点字の資料も数多く残されている.しかし,点字資料は破損しやすく,点字の表記方法も時代によって 異なっており,昔の点字資料を読める人も少なくなりつつある.そのため,資料整理と平行して,点字資料の活字化も行 っている.今後は,同法人が研究者等に資料提供する際の,ガイドラインを整備する予定にしている.
  以上の結果,システムによって電子資料や原物を管理できるようになることで,歴史資料の破損や紛失を防ぐだけで なく,研究者などの問い合わせへの迅速な対応やコスト低減が図れる見込みが出てきた.また,こうした取り組みには, 研究者と対象組織の間で,対等かつ良好な関係を築くことが不可欠であることを再認識した.民間組織は,日々新たな問 題に直面し,あるいは競争相手を前に,新しいことに挑戦していかなければならないことは言うまでもない.しかし,そ うした新たな問題への対処方法や新規事業のヒントは,歴史の中に見つかる場合も多いはずである.今回の資料整理・電 子化が,同法人の事業に役立つと共に,歴史資料が適切に保全され,さらに今回の筆者の取り組みが他の研究者の参考に なれば幸いである.最後になるが,日本ライトハウスの絶大なるご協力に感謝するとともに,筆者がボランティアで行う としていた多くの作業が,実際には同法人の資料整理担当者の手によって行われつつあることを申し添えておきたい.

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