自由研究発表歴史1  森田 昭二

「日本盲人会」の試み
-先駆的活動としての盲人福祉事業-

関西学院大学大学院  森田 昭二 (会員番号7426)
キーワード: 《点字図書出版》 《盲人の啓発》 《盲人福祉事業への無理解》

1.研 究 目 的

我が国の盲人福祉に指導的役割を演じ、多大の功績を残した中村京太郎(『点字毎日』初代編集長)・熊谷鉄太郎 (牧師)・秋元梅吉(「東京光の家」の創設者)・岩橋武夫(「日本ライトハウス」の設立者)らを事実上育て上げた人 として「日本盲人の父」と呼ばれる好本督の試みた「日本盲人会」について、その概要および成り行き、その後に残した 問題などに焦点をあてて、日本の近代盲人福祉史の上に果たしたその役割と意義を解明したいと思う。
  明治40年に設立されたこの「日本盲人会」は、二年足らずで、資金面で破綻を来たし、解消の已む無くに至ったので ある。しかし、その先駆的な活動には見るべきものがある。その点をまとめ、なぜうまくいかなかったのかを考えてみた い。また、この会については、資料が殆ど残されていないため、その実態が改名されていないのが現状であるが、いまま で利用されることのなかった左近允孝之進の点字新聞『あけぼの』から得られた資料を加えて、その実態を浮かび上がら せたいと考えている。

2.研究の視点および方法

歴史研究であるので、主として文献による研究となる。原資料にあたり、実証的方法を基本として事実の推移を解明 し近代盲人福祉史の上に果たしたその役割と意義について論じていく。なお、原資料として点字資料を一部用いた。

3.倫理的配慮

該当事項なし

4.研 究 結 果

盲人に普通教育を、盲人に読書をという考えは、盲教育界の指導者たちの間にも次第に浸透し始め、それとともに、 点字教科書を中心として、点字図書の出版が望まれる機運が高まってきた。1907(明治40)年に発足した「日本盲人会 」は、点字図書の出版を手がけることから始まった。現在、京都府立盲学校資料室に「日本盲人会約束」が残されてい て、それによると、この会が目指した事業は、点字図書の貸し出し、点字図書出版、盲人器具の製作と販売、内外の盲 人に関する研究と発表、盲人救済事業などであったことが分かる。これは、英国の「内外盲人協会」を日本にも実現さ せたいという好本督の夢に向っての試みであった。
  「日本盲人会」の結成 「日本盲人会約束」を見てみると、この会に参加したメンバーは、小西信八(東京盲唖学校 校長)・鳥居嘉三郎(京都盲唖院長)・森巻耳(岐阜訓盲院長)などの盲教育界の主だった指導者たちに加えて、鍼按の 大家奥村三策と谷口富次郎がいるという、充実した顔触れであった。運営は、会員制をとり、会費と篤志かの寄付によっ て行おうとするものであった。「多聞教会月報第丗八号」によると、1906年4月17日に、神戸多聞教会で、「日本盲人会 」発足のための演説会がもたれている。好本は、左近允孝之進の「六光社」から『日英の盲人』の点訳本を出版して、 点字図書出版への口火をきり、左近允との二人三脚が始まる。事業のほうは、東京に仮事務所を置いたままで、実体の伴 った活動とは程遠いものであったのではないかと推測される。好本の活動の多くは、彼の自伝的な書である『十字架を盾 として』の大隈重信を訪問したことを述べたところで見られるように、大方は、篤志家の寄付を集めて、事業が行える基 盤を作ることに苦心していたのであった。
  「日本盲人会」の結末 「日本盲人会」が果たした成果は、ヘレンケラーの『わが生涯』や内村鑑三の『後世への最 大遺物』などの点訳本を出し、多くの盲人たちにキリスト教的な感化を与えその啓発に見るべきものがあったことと、早 稲田大学の中学講義録の点訳を出して、学ぼうとする若い盲人たちに高等教育への道を開こうとしたこと、さらに、左近 允が始めた我が国最初の点字新聞『あけぼの』の発行を援助したことなどである。しかし、結局は、思うように資金が集 まらず、世間の、盲人福祉事業への無理解もあって、この会は、好本が、盲人福祉事業のための資金は人に頼るのではな く、自らの手で作らなければならないと悟って、英国のオックスフォードへ旅立っていくことで幕を閉じたのである。会 として活動したのは、二、三年足らずであった。
  後に残された問題 好本の援助によって中村京太郎が1919年に設立する「盲人キリスト信仰会」は、好本の志を直接 に受け継いだものと言ってよい。この会は、中村が『点字大阪毎日』の編集長となることで、秋元梅吉の「東京光の家」 に引き継がれ、初めキリスト教関係の点字図書出版を主としていたが、後には盲人の救護事業へと展開していった。また 秋元と伊藤福七によって点字の新約旧約両聖書の作成事業が成し遂げられる。点字新聞『あけぼの』は、左近允の死語一 字途絶えるが、中村京太郎に受け継がれ、さらには『点字大阪毎日』という点字週刊誌に繋がっていく。点字図書館の事 業は、長年の夢であったが、多くの点訳奉仕社の協力も得て、岩橋武夫によって「日本ライトハウス」が設立されて、そ の夢が実現する。こうした事業が具現化していく背後には、かならず好本の協力が力となっている。その意味で、「日本 盲人会」の試みは、我が国の近代的盲人福祉事業における先駆的活動であったと位置づけることができよう。

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