自由研究発表理論3  平野 寛弥

社会政策における「互酬性」の再検討
-シティズンシップ論の視角から-

○ 埼玉県立大学  平野 寛弥 (会員番号5698)
立正大学  金子 充 (会員番号3545)
埼玉県立大学  堅田 香緒里 (会員番号5814)
キーワード: 《互酬性》 《シティズンシップ》 《貢献》

1.研 究 目 的

 本研究は、互酬性概念についてシティズンシップ論の視角から検討を行い、現代社会における社会政策の基盤となりうる 新たな互酬性のあり方を考察することを目的とする。
  互酬性は古くから社会の根本原理とされてきた。また、社会福祉学や社会政策の分野に限ってみても、連帯や互助を支える 規範的原理として位置づけられてきた。その意味では互酬性は社会のあるべき姿を規定するものといえる。近年、互酬性に関す る議論が活発化している背景には、現代社会が転換期を迎えつつある中で、互酬性の検討を通して今後の望ましい社会のあり方 を模索する機運の高まりを見て取ることができる。本研究もまた、こうした関心を共有する研究の一つとして位置づけられるも のである。

2.研究の視点および方法

 本研究では、シティズンシップ論の概念枠組みを互酬性概念の分析に応用する。具体的には二つの視点、すなわち「権利 ‐義務関係」と「成員資格(membership)」を導入する。前者は「何を」互酬の内容とみなすのかという点に着目するものであ り、後者は「誰が」互酬の主体としてみなされているのかという点に着目するものである。
  ついてはこれらの視点から先行研究の検討を行い、互酬性概念に関する議論を整理し、考察を加えるとともに、社会的排除 が問題化している現代の社会状況において要請される互酬性のあり方を提示することを目指す。

3.倫理的配慮

 本研究は文献研究であり、日本社会福祉学会が定める「研究倫理指針」を遵守する。

4.研 究 結 果

 いわゆる「福祉国家の危機」以降、福祉依存や福祉の罠など、福祉国家に対する批判的言説が勢いを増す中で、福祉給付 への権利に対置される義務の重要性が強調されるようになった。こうした文脈における互酬性とは、労働という経済的貢献の見 返りに権利の享受を認める「特定化された互酬性(specific reciprocity)」であった。ところが、この経済的貢献に基づく互 酬性のあり方(経済的互酬性)は再考を迫られることになる。脱工業化社会における慢性的失業や就労の不安定化、その帰結と してのプレカリアートの急増は経済的互酬性の前提を揺るがし、他方でフェミニズムや市民共和主義の立場から提起された非経 済的貢献(家事・育児/ボランティア・市民活動)への社会的評価の要求、あるいはエコロジーの立場から提起された脱生産主 義(post-productivism)への転換は、経済的貢献のみを貢献とみなす点を批判するものであった。こうした動向を受けて近年 、国内外を問わず互酬性に関する議論が活発化し(たとえばTony FitzpatrickやStuart White、田村哲樹など)、様々な形の貢 献を認めうる互酬性のあり方、いわば「多様な互酬性(diverse reciprocity)」論が提示されつつある状況にある。
  こうして大きな変遷を遂げた互酬性概念であるが、他方でなおも一貫した要素を見出すことができる。すなわち、貢献の同 定が互酬性の成立条件になっているのである。貢献の内容が経済的であれ、非経済的であれ、それが同定されることによっては じめて互酬性が成立する。しかしここには大きな問題点が潜んでいる。貢献の同定作業においては人々の活動を貢献と非貢献に 区別せざるを得ない。さらにこの作業は個人単位で行われるため、誰が貢献を果たしているか否かが顕在化する。そのため、そ の活動が非貢献とみなされた人々が社会関係から排除される可能性は否定できない。この貢献の人称化に伴う排除こそ、互酬性 概念が内包しているアポリアに他ならない。
  ここでシティズンシップ論におけるもう一つの視角である「成員資格」への注目が重要な意味をもってくる。この視点から みると、互酬性に関するこれまでの議論は互酬の内容(「何が互酬か」)についての議論に偏っており、互酬の主体(「互酬を 担うのは誰か」)については十分な議論を展開していない。しかし両者が密接な関係にあることを忘れるべきではない。互酬の 内容は互酬の主体となる対象を規定し、互酬の主体の範囲は互酬の内容を規定することからもわかるように、両者は相互規定的 である。そしてなによりも社会的排除の問題を考慮する場合には、互酬の主体についての検討は不可欠の作業である。
  では排除を克服しうるような互酬性とはどのようなものか。ここで手掛かりとなるのがティトマス(Titmuss,R.)の議論で ある。ティトマスは『贈与関係』(Titmuss 1970)において、人々の献血行動の考察から利他主義に基づく贈与が「一般化され た互酬性(generalized reciprocity)」を形成していることを指摘し、そこに福祉国家の支持基盤を見出した。この「一般化 された互酬性」においてはどんな人も参加可能であり、それぞれの人々は誰が、いつ、いかなる貢献をしたのかを知ることはな く、見返りを求めることもない。ここから見えてくるのは人称化された互酬性とは異なるもう一つの互酬性のあり方であり、「 非人称の互酬性」ともいうべきものである。
  けれども、当時と大きく異なる現在の社会状況において「非人称の互酬性」は実現可能なのか。特定の内容に偏ることなく 、かつ誰もが参加しうる互酬性のあり方、いうなれば「不偏的で普遍的な互酬性」の構想はいかにして実現されるのか。以上の 研究成果の詳細については、当日報告する。

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