自由研究発表理論2  岡 知史

「当事者福祉論」とは何か
-当事者の福祉活動への参加を支援する福祉学の可能性-

上智大学  岡 知史 (会員番号0248)
キーワード: 《当事者》 《社会福祉論》 《自助グループ》

1.研 究 目 的

 本研究の目的は、当事者の福祉活動への参加を支援する社会福祉の新しい一分野として「当事者福祉論」 を提案することである。これによって、これまで障害者福祉、医療福祉、社会福祉教育等、異なる福祉分野に おいて別々に行われてきた当事者にかかわる実践や研究を一つにまとめ、さらに近年「当事者学」「患者学」 として当事者側から提出されている新しい考え方をも取り入れることができるだろう。
2.研究の視点および方法

 上記の目的を達成するために、当事者をめぐる多様な研究成果を整理し体系化することを試みたい。その 研究成果の分類は容易ではないが、仮に以下の3つに分けてみよう。
  まず、従来の社会福祉の枠組のなかで論じられてきた当事者の研究がある。実際には障害者福祉、医療福祉、 社会福祉教育等、異なる分野において個々に独立して行われており、内容も当事者個人のエンパワメントから 当事者の組織化についての考察まで多様である。今年度の日本社会福祉学会の特定課題として「当事者」が 社会福祉専門教育に果たす役割について議論される予定であるが、その研究もここに含まれる。「当事者福祉論」 がまずは拠って立つ基盤となる研究の群である。
  二つめが(第一のタイプと一部重複するが)社会福祉だけではなく、心理学、社会学、看護学等の他分野でも 行われてきた当事者組織論、自助グループ論の研究である。1970年代から欧米で研究が進められ、日本でも 一定の蓄積がある(例えば久保・石川, 1998)。従来は心理学的なミクロの視点の研究が多かったが、近年 マクロ的な視点からの研究も発表されている(例えば田尾, 2007; 村田, 2009)。
  三つめが「当事者学」を中心とした流れである。中西・上野(2003)はそれを「当事者の知を発信する自前の学問」 (p.186)という。当事者による実践的な研究である「当事者研究」(綾屋・熊谷, 2008; 浦河べてるの家, 2005)や、 「患者学」(柳原, 2004)も「当事者学」に含まれるだろう。また研究する側の当事者性を問う研究も始められている が(宮内・今尾, 2007)、当事者学を方法論的に検討するときに有用な知見を提供している。

3.研究結果と考察

 当事者福祉論として考える援助の対象は、個人-集団-社会という軸で分けるのなら、福祉活動に向かおう とする個人、組織的課題をもつ団体としての当事者組織(自助グループ)、当事者組織間あるいは当事者組織と 社会との関係という3つのレベルに分けられるだろう。そしてそれぞれが多様な内容をもつことになる。その詳細は 後日、検討するとして、ここでは当事者福祉論を発展させる際の留意点として以下の3点を提案したい。
  一つは、当事者福祉論においては、当事者は当事者組織との関連で考えるということである。当事者の個人的 な体験で得た「知識」と、当事者組織が多くの組織員の体験を集積し結晶化させたものとしての「体験的知識」 (Borkman, 1999)とは明確に区別すべきだということである。実際には、この区別が曖昧なままに終わっている 文献が多い。
  二つめは、当事者福祉論においては「当事者学」の成果は参考にすべきだが、それをそのまま取り入れる ものではないということである。当事者福祉論はソーシャルワーカーの実践のための理論であり、当事者に役立つ ようにつくられた「当事者学」の理論とは当然異なる。したがって、たとえば当事者福祉論を大学の開講科目とした とき、当事者や当事者組織のリーダーを頻繁に講義に招き、当事者の語りを過度に重視することがあれば、理論的な 混乱を招く危険性が出てくるだろう。
  最後に、従来の社会福祉では、当事者は援助を必要とする「社会的弱者」として、あるいは「組織化」される ことを待つ受け身的な孤立者として理解されがちであった。しかし当事者福祉論で想定する当事者は、そうではない 人が大半になるだろう。たとえば、当事者組織は十分に独立して活動を続けているが、それでも行政や専門職、関 係機関とどのような関係を築けばいいのかわからない場合、あるいは当事者は自分に関係する問題は熟知してい るが、他の問題については理解していないために他の当事者と連携することができない場合、ソーシャルワーカー の援助を必要とするだろう。
(なお、2009年度より「当事者福祉論」が社会福祉学科の開講科目となり、筆者が担当している。シラバスの内容 や履修学生の反応等も当日、若干紹介したいと考えている。)

4.参考文献
綾屋紗月・熊谷晋一郎 (2008)『発達障害当事者研究』 医学書院
浦河べてるの家(2005)『べてるの家の「当事者研究」』医学書院
久保紘章・石川到覚編(1998)『セルフヘルプ・グループの理論と展開』中央法規出版
田尾雅夫(2007)『セルフヘルプ社会:超高齢社会のガバナンス対応』有斐閣
中西正司・上野千鶴子(2003)『当事者主権』岩波書店
宮内洋・今尾真弓編(2007)『あなたは当事者ではない:「当事者」をめぐる質的心理学研究』 北大路書房
村田文世(2009)『福祉多元化における障害当事者組織と「委託関係」』ミネルヴァ書房
柳原和子(2004)『がん患者学1:長期生存患者たちに学ぶ』中央公論新社
Borkman, T. (1999). Understanding self-help/mutual aid: experiential learning in the commons. New Brunswick, N.J.: Rutgers University Press

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