戦後社会事業の本質論の諸相
-戦後から1950年までの理論から-
長野大学 野口 友紀子 (会員番号4418)
キーワード: 《社会事業の本質》 《大河内理論》 《社会保障》
本研究では、戦後から1950年までの社会事業理論を検討する。吉田は戦後の純粋な社会事業理論を
代表するものとして、社会福祉の固有な視点を求めるとされる岡村重夫、政策論と技術論の中間的志向を
とったとされる竹中勝男、大河内一男の理論を止揚したと言われる孝橋正一があげている[吉田1974:302-303]。
これらのうち竹中の『社会福祉研究』(1950年)、孝橋の『社会事業の基礎理論』(1950年)は社会政策との
関係から社会事業を位置づけた大河内一男の社会事業理論を踏まえている。大河内は社会事業を社会政策との
関係からその対象を経済秩序外的存在と捉えており、社会政策の補強的役割をもつと捉えていた。一般的に
社会事業理論はこの大河内一男の「わが国における社会事業の現在及び将来─社会事業と社会政策の関係を
中心として─」(1938年)以降、孝橋らが批判的に継承していったと言われている。
このようにみると大河内以降1950年までの理論の流れは重視されていないように感じられる。大河内の
社会事業理論が発表された時代は戦時体制下であり社会事業史上は戦時厚生事業と括られている。この時代の
社会事業理論についてはすでに検討がなされてきている。しかし、戦時下の言論が自由でなかった時代を
抜け出し、GHQによる民主化政策が進められる中で、戦後から1950年までは社会保障制度の創設にむけた
さまざまな検討がなされていたはずであるが、この時代の社会事業理論についてまとめられているもの
は少ない。
そのため今回の報告では、戦後から1950年までの社会事業理論を検討することを通じて、社会政策との
関係から社会事業を論じた大河内とは異なる視点で社会事業の本質を捉えようとした試みがあったことを
明らかにする。
2.研究の視点および方法
本研究では、雑誌『社会事業』を中心に取り上げ、戦後から1950年までの論文を検討する。特に社会事業
の定義、社会事業の本質をどのように捉えているのか、社会事業を定義づけるときの視点は何か、社会保障制度
との関係をどのように考えているのかということに焦点をしぼり見ていく。このことにより戦後、大河内の視点
とは異なる点が存在することを明らかにするとともに、ここで明らかにされた視点が大河内と異なるもう一つの
視点として戦後社会事業の前提となっていることを明らかにする。
研究倫理指針に従い、引用においては原典にあたり孫引きをしていない。
4.研 究 結 果
この時期の論文の中からいくつかの特徴的なものを取り出して検討してみると、大河内と異なる視点があるといえる。
社会事業の定義や本質については次のように述べられている。岸勇は公的社会事業は制度的には社会政策 とともに社会保障体系の一環としての地位を占めることとなるであろうとし、社会保障体系からの位置づけを示している [岸1949:16]。これは社会事業を社会保険と並列させており、大河内の視点とは異なっている。
社会保障との関係でいうと、谷川は社会事業の本質を社会保障の範囲の外の個別的な生活そのものにかかわる ことと述べている[谷川1949:2]。
社会政策との関係でいうと小澤は社会政策の一般性に対して社会事業は個別化して社会政策の欠陥を補う 働きをすると述べ[小澤1948:4]、近藤は社会政策が直接生産過程における労働力保全を図るものであるのに対し、 生産過程の外に存在する人びとの生活を最低線において保障することとしている[近藤1950:5]。その他に、 谷川は社会事業は貧困現象を対象とする人間行動であり、応急の処置を行う事業とし[谷川1946:3]、近藤は 社会事業は生活保護制度を中心とすると述べている[近藤1950:7]。
ここには大河内のいう社会政策の代位や補強としての社会事業という側面が弱められ、社会政策とは別の 働きをもつものとして積極的に社会事業を位置づけようという視点を見出すことができる。
これらをみると戦後から1950年までの社会事業の本質論は大河内の視点から脱却しようとする試みがあった と位置づけることができる。ここにはこの後に続く大河内への批判には含まれなかった視点がある。その特徴的な 視点の一つが、社会保障制度との関係から社会事業を位置づけようとするものであった。
<引用文献>
小澤一(1948)「社会保障制度と社会事業の関係」『社会事業』31(2)
岸勇(1949)「日本経済保護事業の歴史的役割と必然的方向─防貧の意味するもの─」『社会事業』32(9),(10),(12)
近藤文二(1950)「社会事業の近代的性格」『社会事業』33(1)
谷川貞夫(1946)「社会事業理念の形成」『社会事業』29(5)
谷川貞夫(1949)「社会事業の個別性と依存性」『社会事業』32(8)
吉田久一(1974)『社会事業理論の歴史』一粒社