自由研究発表理論・思想1  須藤 康恵

生江孝之”社会連帯責任の観念”に関する一考察

青森中央短期大学  須藤 康恵 (会員番号5999)
キーワード: 《社会連帯責任の観念》 《弱者-強者》 《キリスト教》

1.研 究 目 的
 これまで、生江孝之社会事業論にみられる理論形成がいつ、どのように築きあげられたのかについて、①1900(明治33)年から1904(明治37)年の渡米(英国経由で帰国)と1908(明治41)年から1909(明治42)年の渡欧に関する概要の整理、②その期間で得たことに関連している著作・論文の抽出、③生江文庫(同志社大学図書館)の蔵書のうち洋書(生江の直筆に より購入あるいは寄与された年月日や場所が記されたもののうち前述の外遊時期と重なるもの)の書き込み等を踏まえ内在的な視点から検討した。その結果、生江が《人格》を大切にし、人間のおかれている環境(境遇)について早い段階から意識し、貧の科学的分析の重要性を認識し社会事業論を形成していったことを指摘した(同大会報告、2008)。本報告で は、既に先行研究において一定の評価を得ている生江孝之(1867-1957)の社会事業思想の形成過程を踏まえ、生江の特徴でもあり、大きな軸といえる“社会連帯責任の観念”についての整理を試みたい。


2.研究の視点および方法
日本の社会事業史において「多くの限界があるにしても、社会連帯思想を中心とする社会事業思想は、民主的系譜の乏しい日本社会事業にとって、貴重な存在」(吉田久一:1989) と指摘されているとおり社会連帯思想を軸とした社会事業思想に着目することは重要であるといえる。そして、「生江孝之の代表作である『社会事業綱要』は、日本社会事業についての最初の専門書と評価されているが、あわせてこれが社会連帯論にもとづく社会事業論 を代表するものでもあった」(池田敬正:1994)との指摘からも引き続き生江孝之に着目したい。社会連帯思想については数々の先行研究が存在し、生江に関しても詳細な分析がなされている(吉田恭爾:1987、池本美和子:1999 他)。本報告では、これまでの先行研究をふまえ、生江の提示した“社会連帯責任の観念”を数ある著作・論文等の中において位置づ け、その果たした役割を整理したい。
 したがって研究方法は、①生江の“社会連帯責任の観念”がどのような位置づけにあるかを先行研究から再整理し、②“社会連帯責任の観念”に関する生江の著作・論文の抽出・ 分析を試み“社会連帯責任の観念”がいつどのように形成されたのかについて整理し、③これまでの研究で整理し措定した生江の社会事業思想形成期(~1920 年頃まで)に、生江が 《人格》を大切にし、人間のおかれている環境(境遇)について早い段階から意識し、貧の 科学的分析の重要性を認識し“社会連帯責任の観念”を軸にした社会事業論を形成してい ったこととの関連性を明らかにしたい。

3.倫理的配慮
 日本社会福祉学会の研究倫理指針に従い研究を行った。

4.研 究 結 果
 生江孝之の社会事業思想において“社会連帯責任の観念”は、その中心となるものであ る。生江は主著『社会事業綱要』(初版1923)において、「社会連帯責任及社会奉仕の観念」 を論じている。そこで「当然の理」として「社会連帯責任は相互の責任であり義務である。 然らば弱者も亦弱者としての最善の義務責任を尽すの観念」と示している。つまり(社会 的)弱者も“責任”を果たすべきであるとの指摘である。これは、主著『社会事業綱要』 の他に①「社会事業概論」(『社会事業研究所講義録』所収、1922)、②「救貧事業概説」(『社 会事業講演集』所収、1921)、③「社会連帯責任と社会愛(上)」(『人と人』1924)、「社会連 帯責任と社会愛(下)」(同1924)等においても言及している。生江は《貧》概念に関しては 1905 年頃より論文に示し『社会事業綱要』(初版1923)でほぼ確定しているのに対し、“社 会連帯責任の観念”については版を重ねるに従い加筆されている。その中で「社会連帯責 任の観念への移行は寧ろ急激に行われて涵養が十分でなかったためか」「誤解され謬伝さ れ」ているのではと指摘し、「弱者は保護を甘受し手を抜いて」しまうのではないかと憂慮 し改めて強く「弱者といへども之(果たすべき義務-引用者)を解除されよう筈がなく」 「最後の一秒まで」「その生活の充実と自己の完成の為に」「努力奮闘の気力」を失っては ならないと言及している。さらに「言ふべくして行い難いのは実に社会連帯責任の遂行」 とし「社会愛の覚醒」こそ社会連帯責任の観念であると示している。「社会連帯責任と社会 愛(上)」で「社会に対する義務の分量は各人同一ではなく」「義務をつくす分量の多少であ って本質の相違ではない」と言及している。前述の部分から鑑みるに、その後の研究で指 摘されている社会的弱者にとっての「負担」の大きさは自らも把握しているといえよう。 そして、救貧事業(とりわけ「行旅病人及死亡人取扱法)の救護費について「欧州」と比 較をとおし日本において依然としてその根底に排貧主義的思想が内包されていることを指 摘し、弱者を蔑視且排斥しようとする傾向が強いと示した点もある。このような生江の“社 会連帯責任の観念”は、ブルジョア氏等の枠組みというよりも、自身の著作等で示してい るように聖書の「ローマの信徒への手紙」(12:1-21)における「キリストにおける新しい 生活」「キリスト教的生活の規範」並びに「コリントの信徒への手紙」(12:12-31)におけ る「一つの体、多くの部分」に大きく影響されているといえる。つまりキリスト教信仰が 根底となっているといえる。この生江の“社会連帯責任の観念”に対するより詳細な批判 的考察については、当日資料を示しながら報告する。

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