自由研究発表社会福祉教育・実習3  小山 聡子

「物語」を活用した援助論教育
-3年次ゼミにおける教育実践-

日本女子大学  小山 聡子 (会員番号2297)
キーワード: 《ソーシャルワーク教育》 《社会構成主義》 《ドミナントストーリー》

1.研 究 目 的

 ここ10年近くミクロレベルのソーシャルワーク教育のあり方を模索し、社会福祉士教育における「社会福祉援助技術論」を含んだ広い意味の援助論教育について考察し、机上で学ぶ理論・方法を実際に活用できる「真の理解」を目指してきた。特にここ2年、学生と教員の中にある「当たり前」としての「ドミナントストーリー」を見つけ、語る取り組みにより、社会福祉領域で通常言われる「被援助者」との個別関係のみならず、広く対人関係一般がより対等で歪みのないものになることをめざす、主に社会構成主義に基づく教育実践を試みている。その意図と方法、結果を報告し、さらに検討すべき点を明確にしたい。

2.研究の視点および方法

 対人援助の理論と技法を学び、大切にしながらかつそれそのものを近年の思想に位置づけること、すなわち利用者の益を願って取り組む援助活動そのものが場合によって相手との間に権力関係を作るおそれがあるという矛盾について検討し、それを実際の援助シーンのみならず社会生活一般に適用できることをめざすためにはどのような教育方法が望ましいか。これが報告者の課題意識である。報告者の3年次ゼミ(社会福祉演習Ⅰ)を選んだ10名前後の小グループに対する教育実践において、2007年度はフリートークを通じた自分たちの中にある「あたりまえ」を、2008年度は物語作りを通した「ドミナントストーリー」を、それぞれ発見し語る活動に取り組み、その成果を学科機関誌に掲載した。学ぶ側の成果を記し、かつ教える側の主観と立場を不可視化せず、その両者の間にあった「関係」が表現されるような形式を心がけ、かつ報告文書は学生全員との共同名義にした。
(1)恋愛2007(2007年度)
 前期にカウンセリング理論と技法を利用した対人援助方法の勉強、及びエンカウンターの演習をするという素地の上に、後期は社会構成主義に関する文献を読み込んだ後、自らの中にある「当たり前」を俯瞰するために特定のテーマ(恋愛)をめぐって「当たり前」そのものを描き出す作業を次の手順で行った。①恋愛をめぐるゼミメンバーのフリートーク(録音)、②振り返りのディスカッション、③教員の立ち位置を明らかにした上でのフィードバック、④テープ起こし原稿、それまでの話し合いすべてをまとめた最終リポート提出、⑤報告原稿のまとめと承認。
(2)むかしむかしあったとさ(2008年度)
 前段の文献輪読や演習は前年と同様に行ったうえで、①大塚による「物語の体操」(各種先行研究を利用してストーリー構築ステップの実用化を提唱したもの)と、正によるドラマケーション(演劇の手法を使ったリレーションの深化と自己表現のためのウォーミングアップ)を活用してメンバー全員が短い物語を作成、②作った物語をランダムにグループ内で回し、加除筆を試みた上、そこから読み取れる個別のドミナントストーリーについてリポートを作成、③それらを通じて読み取れるグループのドミナントストーリーについて教員が記述し、学生の承認を得て、④作成した物語を添付の上、報告原稿とした。

3.倫理的配慮

 3年ゼミというグループ全体のより良い教育に資することを第一義とし、全員が安心して参加できる体制を工夫した。また、共同名義の報告書作成そのものと表現の仕方についてステップごとに相談し、承認を得た。機関誌掲載にあたり、原稿をメンバーが詳細にチェックし、場合によって事実を変えない範囲で身近な人に関する表現を婉曲なものに変えた。成果物としての「物語」には了解を得て作成者の名前を付した。

4.研 究 結 果

(1)取り組みから発見したこと
 2007年度の取り組みからは、各自のコアを形成する源である「家庭」の影響の大きさと、それを相対化することの難しさ、家族の理想像を描いて努力すること自体が排斥する他者を生み出す可能性を含むことが見出された。また、教員の目から見たときに秩序ある社会の構成員として準備をする二十歳前後の学生からは一種の「保守性」が感じられ、演習の場では可能な多声に開かれる態度が実際の生活場面では難しい面もあることが予想された。
 2008年度の取り組みからは、たゆみなく成長、前進することを良しとする「健全な」姿勢とともに、変わらずあるがままでいることの重要性が描き出され、ある種の矛盾にさいなまれる可能性も予想された。
 両年ともに学んだ概念を実際の援助や生活場面に適用して論じ、実践することにはある程度の成果があったと考えられる。2007年度は、ゼミのメンバーが互いのキャラクターに命名して尊重されるべき多彩な存在として自信をつける姿が見られた。また、2008年度は、自分たちの中にあるドミナントストーリーを物語に投影して語りながら、それを単に個人の仕事で終わらせるのではなく、複数で改変する可能性に挑戦した後、さらにストーリーの支配から逃れる方法を模索する必要性が語られた。
(2)さらに検討すべき点
 援助論教育に「物語」を活用するには、そのベースとなる現代思想についてさらに検討し、ソーシャルワーク理論との関係を明確にする必要がある。「認知」と「感情」と「体感」を統合するために導入する手法においても、その理論的根拠をさらに探求する必要がある。社会福祉援助の方法論と言語や文学の理論、そして演劇の手法を含むグループワークが領域横断的に手を結んだ教育実践であることを明確に、理論と技法の整理を継続する。

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