大学教育における障がい学生への支援活動と福祉教育への影響
-A大学における支援活動の実践事例を通して-
愛知淑徳大学 石黒 文子 (会員番号7107)
キーワード: 《障がい学生》 《支援》 《福祉教育》
障がいのある学生(以下、障がい学生)の高等教育機関への進学は、障害のある人たちを取り巻く社会環境に強く影響を受け、1980年代までは教育機会享受の不均等時代が続いていた。しかし、近年、高等教育機関へ進学する障がい学生が徐々に増加してきている。実際に、2007年度の調査では、高等教育機関に在籍する障がい学生数は、2006年度の4、937人から5、404人へと上昇し、全学生数に対する割合は0.16%から0.17%と増加してきている((独)日本学生支援機構,2007)。
積極的に支援していこうとする機関が徐々に増えてきているが、未だ一部の善意によって実施されている実態も多く、高等教育における支援活動のあり方については、まだまだ体系化されるまでに至っておらず、十分な支援が受けられる状態ではないと捉えることができる。また、実際には、高等教育を受ける上で「困難となっているポイント」も広く周知されている訳ではなく、障がい学生を取り巻く友人(学生)によって支援が継続されているのが大半である。とりわけ、どのような学生が支援活動に参加しているのか、活動にいたる契機、活動後の変化について着目されるに至っていない。したがって、個々で実行している支援事例を分析し、より普遍化に向けた検討を積み重ねていく必要があると考えられる。そして、こうした実態を把握し、障がい学生を支援することにより得られる教育的利点を分析することにより、支援活動の必要性が理解されると確信している。
本研究の目的は、国内外の支援の現状を整理するとともに、聴覚障害のある学生への支援を行う学生(以下、支援学生)の支援活動に着目し、活動の契機や活動後の内面的変化に焦点をあて、今後の支援のあり方とその課題を検討し、真の支援とは何かを求めることである。そして、近年になり、福祉教育への期待がますます高まっていることを受け、高等教育における障がい学生支援に関して、広義の福祉教育と捉えられ、継続的に実施される可能性を探りたい。
本研究の視点は、高等教育における障がい学生への支援というものを、単にサービスとして捉えるのではなく、高等教育における福祉教育として検討していくことにある。
従って、研究方法は、高等教育における障がい学生支援および福祉教育に関する文献研究と支援学生に着目した事例研究である。具体的には、2009年3月に、聴覚障害のある学生への支援活動に1年以上にわたり携わった支援学生6名を対象としたグループディスカッションを実施した。グループディスカッションで得られたデータと、活動の期間(約4ヶ月)を経験し、活動終了後に提出された12名の活動報告から得られたデータの二種類を基に、支援学生の活動に関わる契機と、活動終了後の内面的変化に着目して、その結果を検討した。
グループディスカッションの参加者には、本研究の研究目的以外には使用しないことを実施前に確認した。支援学生の活動報告についても同様である。その他、日本社会福祉学会の倫理指針を遵守し、個人情報に関する配慮を行っている。
4.研 究 結 果 グループディスカッションから得られた結果として、支援学生が聴覚障害のある学生への支援活動をはじめる契機には、その要素は大きく4つに分けられることが分かった。障がい学生と話したいといった「友人関係構築」、何等かのボランティアをしてみたいという意識や他者に役立つことをしたいという「有用感・達成感の実感」、教員からお願いをされて始めた「依頼」、福祉や心理学の分野に携わる学生に多くみられ、実践の場として支援に携わってみたいという「専門分野との連動」の4種類であった。必ずしも社会福祉を専攻している学生だけではなく、他学部・他学科の学生が広く支援活動に関わっていることを重要であると考え、今後、多方面で活動を周知させていく必要があるといえる。
また、多くの支援学生においては、活動の前後に内面的な変容が見られることが多い。具体的には、「伝えたいことがあり、伝えたい人がいて、伝わる、ということのすばらしさを知った」といった新たな気付きや、「自分が誰かの役に立つというよりは、自分も相手と同じ視点に立つ関係を社会で築いていきたい」といった価値観の変容がみられた。
ADA(American with Disability Act.)法により、さまざまな領域での障がい者差別を禁じている米国と比べ、わが国で障がい学生支援が本格的に行われるようになったのは2000年以降と遅れてはいるが、近年、委員会組織や専門機関・部署を設ける大学が急増してきている。その多くは、「教育を受ける権利」の保障から捉えられているが、「福祉教育」の研究を整理すると、三種類に類型化できるとされ、①市民福祉教育、②学校教育体系、職業専門教育を含めた③社会福祉教育であると言われている(大橋,1987)。学生による障がい学生支援活動は、上記のような価値観の変容や新たな気付きを得ている点で、福祉教育的要素を含んでいる貴重な実践である。一般的に捉えられている学校教育体系に組み込まれる福祉教育は、児童・生徒の成長発達過程における人間形成を軸としているが、本研究では、大学における障がい学生支援の充実は、障がいのある学生に対する教育を受ける権利の保障に加えて、高等教育現場での福祉教育の側面を持つものと結論づけられる。