精神疾患に際する相談行動に関する意識の分析
-「こころの病」をもつ人へのスティグマ及びまなざしに関する全国調査から-
○ 法政大学 菊澤 佐江子 (会員番号4391)
東京大学大学院 山崎 喜比古 (会員番号5041)
東洋大学 的場 智子 (会員番号5035)
岡山県立大学 坂野 純子 (会員番号1741)
青森県立保健大学 杉山 克己(会員番号2160)
国立がんセンター 八巻 知香子 (会員番号3903)
東京大学大学院 望月 美栄子 (会員番号6875)
キーワード: 《精神疾患》 《相談行動》 《まなざし》
近年の「患者調査」(厚生労働省)の結果によると、精神疾患を理由として医療機関を訪れる人々は増加傾向にあり、特に通院患者の増加は著しい。しかしそれでも、精神疾患に罹患している人のうち医療機関を受診している人の割合はまだ少ないといわれている。精神疾患にかかった場合、受診する人と受診しない人が生じる原因の一つとして、人々の精神疾患に対する理解のあり方やその文化社会的文脈が関わっている可能性がある。たとえば、目の前の症状を深刻と考えるか否か、その原因を何ととらえるかが異なれば、その問題の解決にあたっていつ誰に相談するのが適切かの判断も当然異なってこよう。このことが、本人またはその家族・友人が精神疾患にかかった場合の対応の差異を生んでいる可能性がある。精神疾患にかかった本人・家族・友人とも症状の深刻さに気づかない場合、あるいは気づいたとしてもそれを病気であるととらえなかった場合、またそのようにとらえたとしても精神疾患への偏見が強い場合、適切な治療に結びつくには時間がかかることが予想される。精神疾患も他の疾患と同様、疾患が疑われる場合はできるだけ早期に適切な治療に結びつくことが望ましいが、それを実現するには、地域の人々の精神疾患についての理解の現状を正確に把握することがまず求められよう。本研究は、2006年に実施した全国調査の結果をもとに、地域に住む人々が、精神疾患が疑われる2つのケースについて、どのようにとらえ、誰にあるいはどのような機関に相談するのが重要と考えるのか、また、そうした判断はどのような理解・文化社会的文脈と関わっているのかを明らかにすることを目的としている。
2.研究の視点および方法 日本国内に居住する18歳以上65歳未満の男女を対象として、住民基本台帳をもとに、層化二段階無作為抽出法により1,800名を抽出し、2006年8月から10月にわたって、訪問調査員による面接調査法と留置き自記式記入法のいずれかにより、調査を実施した。有効回答数は994票(男性47.3%, 女性52.7%, 平均年齢45.1歳)であった。
調査にあたっては、統合失調症の症状をもつ登場人物とうつ病の症状をもつ登場人物、それぞれを描いた2つのヴィニエットについて、登場人物Aさんが男性の場合と女性の場合の2ケースを用意し、計4種類のヴィニエットを調査対象者にランダムに振り分けた。調査対象者には、それぞれに割り当てられた一つのヴィニエットを読んでもらい、その後Aさんについての質問項目について選択式で回答してもらうという方法をとった。
調査対象者には、事前にはがきを送付して調査を依頼するとともに調査員訪問を告知した。調査員訪問時には、調査の目的・方法等を説明し口頭で同意を得た。データ収集にあたっては、個人情報の管理が徹底している民間の調査機関を利用しプライバシーの確保に努めた。また、本研究の実施にあたっては東京大学医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得た。
4.研 究 結 果1)誰に相談にいくことが重要か
Aさんが自分の状態に対する援助を得るためにできる6つのことについて、それぞれどの程度重要だと思うかを「1 全く重要でない」から「10 とても重要だ」までの10段階でたずねた。この結果、「家族に援助を求める」ことを重要(6~10)と答えた人が全体の92.3%と最も多く、続いて、「精神保健の専門家(カウンセラー、セラピスト、ソーシャルワーカー等)に診てもらう」、「精神科医に診てもらう」、「医師に見てもらう」、「友達に援助を求める」、「宗教上の頼れる人(住職、牧師など)に話す」の順に、それぞれを「重要」と答える人の割合は多かった。
2)「誰に相談にいくことが重要か」の判断に関わる要因
Aさんが自分の状態に対する援助を得るためにできる6つのことのそれぞれについて、重要だと思う意識を従属変数とし、関連すると思われる要因(症状の深刻さの判断、症状の原因に関する認識、自傷他害の可能性についての認識、ヴィニエットの種類、回答者自身の社会的属性等)を独立変数とし、「誰に相談にいくことが重要か」の判断に関わる要因を重回帰分析によって検討した。その結果、症状の深刻度や症状の原因をどのようにとらえるかによって、「誰に相談にいくことが重要か」の判断は左右されることが明らかとなった。自傷他害の可能性についての認知のあり方も、「誰に相談にいくことが重要か」を判断する要因となっているが、自傷と他害の可能性はそれぞれ異なる効果をもたらすことが確認された。このほか、回答者の属性が「誰に相談にいくことが重要か」の判断に及ぼす影響についても、興味深い知見が得られた。
なお本研究は、平成18年度科学研究費補助金(基礎研究(A)、(課題番号18203028)、研究代表者山崎喜比古)の一部として行われた。サンプリング・翻訳等にあたっては、SGC-MHS(Stigma in Global Context-Mental Health Study, PI:BerniceA. Pescosolido, Jack K. Martin, J. Scott Long, and Tom W. Smith)の支援を受けた。SGC-MHSは、米国National Institutes of Health (Fogarty International Center,National Institute of Mental Health, and the Office of Behavioral and Social Science Research)(Grant Number R01TW006374)から研究補助を得たプロジェクトである。