ポスターセッション障害(児)者福祉  横山 由香里

トゥレット症候群患者のLife satisfactionに関連する要因
 -思春期後期以降の患者を対象として-

○ 東京大学大学院医学系研究科健康社会学分野・日本学術振興会  横山 由香里 (会員番号7895)
  東京大学 山崎 喜比古(会員番号5041)
キーワード: 《トゥレット症候群》 《Life satisfaction》 《ストレス対処力SOC》

1.研 究 目 的

 トゥレット症候群は、5歳から7歳に発症し、思春期に悪化することが多い。発達と共に症状が軽快・消失することも多く、こうした特徴と随伴症との関連などから発達障害の一種とされている。症状としては、瞬きや顔しかめ、首ふりといった運動チックに加え、鼻鳴らしや状況に合わない言葉が繰り返されるといった音声チックが挙げられ、両者が1年以上続く場合にトゥレット症候群が疑われる。こうした症状は、自身の意図にかかわらず生じる不随意的なものであるが、周囲の無理解から奇異な目で見られることも少なくない。自身でも奇異な動きであると認識している患者が多いため、自ら外出や対人関係を規制していることも推測される。こうした被差別経験や患者自身による規制行動は、患者のLife satisfaction(以下、LS)を低下させていることが懸念される。
 トゥレット症候群においては、薬物療法の有効性が示され、治療法の研究が蓄積されつつあるが、現在のところ根治の方法は確立していない。また、思春期後期以降には軽快に向かうとされているものの、多くの患者では、ある程度の症状を抱えながら生きていくこととなる。したがって思春期後期以降においては特に、患者のLSを保つための支援が不可欠と考えられるが、患者のLSを左右する要因に関する知見は国内外でも不足している。そこで本研究では、症状の重篤度に加え患者の心理社会的な状況に着眼し、思春期以降のトゥレット症候群患者におけるLSの維持、向上につながる示唆を得ることを目的とする。

2.研究の視点および方法

 本研究では、症状の重篤度に加え、患者が心理社会面で対人関係上、どのような困難を有しているのかに着眼した。また、症状があっても、患者がLSを保てる要因として、健康生成論の中核概念であるSense of Coherence(以下、SOC)にも焦点を当てた。以上のような視点から、患者のLSを明らかにする目的で、質問紙調査を行った。
 調査対象者は、NPO法人日本トゥレット協会(以下、協会)の会員で、16歳以上の患者とした。協会では個人情報保護の点から年齢情報を把握していないため、会員の年齢にかかわらず全世帯(170票)に無記名自記式質問紙を郵送配布し、68名から有効回答を得た(有効回答率の概算は約6割)。Life satisfactionは、Visual Analog Scaleを用いて、人生全般への満足度を尋ねた。症状の医学的な重篤度は、専門家の助言を基に、YGTSS尺度のうち4項目を採用した。対人関係上の困難については、「からかわれた経験(多重回答)」と「不登校の経験の有無」を尋ねた。さらに、心理社会的な対人関係上の困難を把握するため、差別不安や遠慮による「外出の自主規制」と、「対人行動の自主規制」について「ない」「時々ある」「よくある」の3件法で尋ねた。ストレス対処力であるSOCの測定には、SOCの3項目版であるSOC3-UTHSを用いた。SOC3-UTHSは得点が高いほどストレス対処力SOCが高いことを示す。分析では、年齢と性別で制御した上で、LSを従属変数とする階層的重回帰分析を実施した。Step1では、症状の重篤度を独立変数とし、Step2では、「からかわれた経験」「不登校の経験」「外出の自主規制」「対人関係の自主規制」「ストレス対処力SOC」を追加投入した。有意水準は両側0.05とした。

3.倫理的配慮

 本研究は、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て行われた。研究協力の依頼にあたっては、研究目的、参加および中止の自由、プライバシー保護、成果の公表について文書で説明した。 

4.研 究 結 果

 本研究の対象者は平均年齢27.2±8.6歳、男性47名(68.1%)、女性22名(31.9%)である。「からかわれた経験」がない者は4名のみ(5.7%)であり、平均件数は3.8±2.0(range:0~8)であった。「不登校の経験」がある者は41名(57.7%)であった。「外出の自主規制」と「対人関係の自主規制」は7割を超える患者で行われていた。それぞれの平均値は、1.9±1.4、1.8±1.4であった(range:0~4)。LSは、平均48.4±27.3点(range:0~100)であった。
 階層的重回帰分析のStep1では、「症状の重篤度(β=-0.39**)」がLSに大きな影響を与えていることが示された。続いてStep2で、「からかわれた経験」「不登校の経験」「外出の自主規制」「対人関係の自主規制」「ストレス対処力SOC」を投入したところ、Step1の「症状の重篤度」の関連性は消失し、「対人関係の自主規制(β=-0.38*)」と「ストレス対処力SOC(β=0.25*)」がLSとの間で有意な関連性を示した。以上から、症状の重篤度は、対人関係の自主規制行動とストレス対処力を介してLSに影響を与えている可能性が考えられた。根治の見通しが予測できないトゥレット症候群においては、治療による症状の軽減と共に、症状があってもその人らしく生きていくための支援が極めて重要である。今回の結果は、症状がある場合にも、対人関係の良好化とストレス対処力によってLSが保たれる可能性が示唆されたものと考えられた。また本研究では、差別不安や遠慮による外出規制よりも対人関係の規制の方がLSに大きな影響を与えており、差別や偏見を解消するための啓発活動を広く社会に向けて行うことと同時に、患者の身近にいる人々の理解を助ける支援の重要性が推察された。しかしながら今回の結果では、これらのメカニズムの同定には至っておらず、今後、質的な研究を含めさらなる検討が必要であると考えられた。  

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