接触体験と「怖さ」に関する意識の分析
-『こころの病』をもつ人へのスティグマ及びまなざしに関する調査研究-
○ 岡山県立大学 坂野 純子 (会員番号1741)
東京大学大学院 山崎 喜比古 (会員番号5041)
東洋大学 的場 智子 (会員番号5035)
法政大学 菊澤 佐江子 (会員番号4391)
国立がんセンター 八巻 知香子 (会員番号3903)
東京大学大学院 望月 美栄子 (会員番号6875)
青森県立保健大学 杉山 克己 (会員番号2160)
キーワード: 《精神障害者》 《接触体験》 《怖さ》
WHOの精神保健福祉改革の勧告(2000年)にもあるように、精神障害者対策は各国共通の課題である。わが国では、1986年に精神保健法が成立し、人権擁護と処遇の改善を目指した社会復帰への取り組みが進展している。さらにここ数年、約7万人の受け入れ条件が整えば退院可能な社会的入院患者の社会復帰が国レベルの重点かつ緊急の政策課題となっている。今後、わが国において社会的入院患者の退院促進をはじめとする精神障害者の社会復帰政策を推進していくためには、現在の日本国民が精神障害者に対して抱いている認識と関連する要因を把握することは非常に重要である。そこで本研究は、2006年の全国調査から得たデータをもとに、住民が精神障害者を見かけたときに感じる「怖い」という意識がそれまでの接触体験とどのような関係にあることを明らかにすることを目的とする。
2.研究の視点および方法日本国内に居住する18歳から64歳の男女を対象とし層化二段無作為抽出を実施した。抽出された1800名を調査員が訪問し質問紙調査の依頼し、調査員による面接調査・留置き記入法のいずれかの方法で調査を行った(2006年8月~10月)。
有効回収票は994票(男性47.3%,女性524人,平均年齢45.1±12.9歳)であった。
調査対象者には、事前にはがきにて調査依頼と調査員訪問を告げ、調査員訪問時に調査の目的、方法等を説明し口頭で同意を得た。データ収集には個人情報の管理が徹底している民間の調査機関を利用しプライバシーの確保に努めた。また、本研究は東京大学医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て実施した。
4.研 究 結 果1)公共の場で精神障害者をみかける頻度と「怖さ」に関する意識の程度との関係 「あなたは、深刻な精神健康上の問題を持っているように思われる人を、公共の場でどれくらいみかけますか(以下、見かける頻度)」という質問に対して、「よく見かける(5%)」「ときどき見かける(38%)」が全体の約4割であった。
「あなたは、深刻な精神健康上の問題を持っているように思われる人を公共の場で見かけたとき、どのくらいこわいと感じましたか(以下、怖さの程度)」という質問に対して、「とてもこわいと感じた(5%)」「いくらかこわいと感じた(44%)」が全体の約5割であった。
「見かける頻度」と「怖さの程度」との関係をクロス集計とχ2検定の結果、「よく見かける」群は他群よりも、「とてもこわいと感じた(13%)」「全くこわいと感じなかった(27%)」がどちらも多かった。めったにみかけない群は、「あまりこわいと感じなかった(50%)」「まったくこわいと感じなかった9%」が全体の約6割であり、他の群より多かった(p=.000)。今回の「みかける頻度」と「怖さの程度」の関係は、それまでの精神障害者との接触体験の内容によって、公共の場で精神障害者を見かけたときに感じる怖さの意識に違いが出てくる可能性を示唆するものと考えた。
2)「怖さの程度」に関連する要因
「怖さの程度」を従属変数に、属性(「性別」「年齢」「居住地域の規模」)、接触体験の内容(「見かける頻度」「精神健康上の問題をもつ知人の有無」「知人の精神健康上の問題の深刻さ」「知人の精神健康上の問題への治療の有効性」「知人の日常生活上の意思決定へ関与した程度」「知人の精神健康問題から受けたストレス」、「見かけたときの共感度」)、個人特性(「一般的信頼感」、「自分自身の治療経験」)を独立変数に重回帰分析を行った。
その結果、「女性」、「居住地域の規模が大きい」、「精神健康上の問題をもつ知人の日常生活上の意思決定へ関与した程度が小さい」、「知人の精神健康問題から受けたストレスが大きいと感じている」の要因が、「怖さの程度」と正の関連がみられた。また、「公共の場で見かけたときに思いやりを感じる程度(以下、思いやりの程度)」が大きい人ほど、「怖さの程度」が小さい傾向がみられた(調整済みR2=0.160、p=0.000)。
5)「公共の場で見かけたときに思いやりを感じる程度」に関連する要因
「怖さの程度」に関連のみられた「思いやりの程度」を検討するために、「思いやりの程度」を従属変数に、属性(「性別」「年齢」「居住地域の規模」)、接触体験の内容(「見かける頻度」「精神健康上の問題をもつ知人の有無」「知人の精神健康上の問題の深刻さ」「知人の精神健康上の問題への治療の有効性」「知人の日常生活上の意思決定へ関与した程度」「知人の精神健康問題から受けたストレス」、「見かけたときの怖さの程度」)、個人特性(「一般的信頼感」、「自分自身の治療経験」)を独立変数に重回帰分析を行った。その結果、「女性」「年齢が高い」「知人の精神健康の問題が深刻」「知人の精神健康上の問題への治療の有効性がある」「精神健康問題のある知人の日常生活上の問題に関与している」「見かける頻度が多い」「怖さの程度が小さい」要因が、「思いやりの程度」と関連がみられた(調整済みR2=0.182、p=0.000)
なお本研究は、平成18年度科学研究費補助金(基礎研究(A)、(課題番号18203028)、研究代表者山崎喜比古)の一部として行われた。