知識偏重を超えたソーシャルワーク教育への提言
-学生を主役とした教授法への試作-
○ 東日本国際大学 矢野 明宏 (会員番号4501)
神奈川県立保健福祉大学 川村 隆彦(会員番号2834)
富山福祉短期大学 根津 敦( (会員番号4392)
キーワード: 《パウロ・フレイレ》 《反パターナリズム》 《学生主体》
今の日本にとって、どのようなソーシャルワーカーが求められているのであろうか?どのようなソーシャルワークを必要としているのだろうか?そもそも、日本でソーシャルワークを教える意味とは何であろうか?日本の既存の教授法は、これらの課題に十分に応えることは難しいであろう。今回は、学生を主役とした教授法による新しい試みを提示し、パターナリズム化したソーシャルワーク教育への変革を議論したい。
カナダのソーシャルワーク教育の基底をなす思想を生んだパウロ・フレイレは、日本の社会福祉士養成教育に見られる知識偏重詰め込みのような教育を、「銀行型預貯金教育」として批判している。教えられる人の中に預金口座があり、教える人はそこへ知識と言う金銭を送っているに過ぎない。「被抑圧者の教育学」をはじめとした彼の一連の著作では、従来のこのような教える人と教えられる人という構図、金銭(知識)を持つ人と持たざる人という構図、主従の構図を転換する教育(pedagogy)を提唱しているのである。ソーシャルワーク教育では、支援者と被支援者という構図、つまりソーシャルワーカーが教え導くという役割を演じる活動を批判し、真に支援者と被支援者が対等な構図を築くソーシャルワークを展開する方法や当事者主体のソーシャルワーク実践を模索する学びが行われている。日本においても、パターナリズム的福祉活動を脱したソーシャルワークが求められていよう。
このような当事者を主役としたソーシャルワークを現場に置いて実践できる能力を涵養するためには、教育現場において、対等な関係性を理解し同時に経験し自らの能力として習得することが必要であろう。ソーシャルワークを学ぶ学生が主役となる教育実践を展開してこそ、今日日本が求めるソーシャルワーカーを養成できよう。
パウロ・フレイレのpedagogy理論を元にした教授実践における教授法の考察を行う。新しい教授法の内容や講義準備などを提示し、それらを分析する。学生を主体としたソーシャルワーク教育実践における学生たちへの効果を評価する。特に、受講した学生のその後の変化について考察をする。
3.倫理的配慮
今回は実際に試みた教育実践の提示である。会員各々は、参加した学生たちのプライバシー等に配慮し、資料等を作成するとともに、参加した学生には、本研究及び報告に関する趣旨内容説明を行なった。さらに、報告に必要な情報開示、資料提示について、その学生全員へ説明を行い、書面による協力の同意を得ている。
4.研 究 結 果 矢野会員が行った教育実践は、次の通りである。(1)学校内のバリアフリーを調査し話し合う。このとき、できた点とできなかった点について必ず考察する。(2)福祉について調べるが、児童・障害者・高齢者という枠組みではなく、方言、虐待、家族などをキーワードにして調べる。その結果について90分"授業"を行う。この場合も必ず、自分でできた点とできなかった点について考察をする。学生が課題を見つけ、それに対して調べるという行動を行い、報告し、さらにその取り組みの精査も行う学生主体の教育であった。(3)学生それぞれがとらえている社会福祉について3分間スピーチを行う。
このような教育実践の効果として、次のような学生自身による社会問題発見と解決策の考察、そして実践へと繋がった。例えば、街で難儀しながら歩く高齢者を見かけ、そこから課題を見出した。つまり、高齢者にとって、道路上の障害物が歩行を困難しているのではないかと考えたのである。気づきを気付きや気になるで終わらせずに、この気づきが具体的な行動へと繋げたのである。学生たちが自発的に道路上のゴミを拾い出したのである。気付くことまでは既存の教育でも可能であろうが、そこから実際の活動へと消化させるためには、やらされたのではなく、自発的取り組みがあったからであろう。理論的に解釈すれば、パウロ・フレイレのいう非抑圧の"意識化"(consciousness-raising)がなされ、社会的正義に対して抵抗(活動)を具体的な形へと結びつけ、実際に行動したのである。
今求められているソーシャルワーク教育は、既存の体制内で与えられた専門的業務を遂行する力を持つ人財育成なのであろうか。社会福祉士及び介護福祉士法が改訂されて生み出された新カリキュラムは、施設の新人職員研修のようになってしまっていないだろうか。先に夢や希望を見出せない混沌とした社会の中で、社会正義を基にした新しい社会へと変革しようと言う福祉分野以外の他分野の実践者や活動者と連携し、実際の行動を起こせる人財育成が必要ではないだろうか。
ポスター発表では、具体的な準備や取り組みなどを提示しながら、パターナリズムや銀行型預金教育を超えた新しいソーシャルワーク教育の可能性について、議論をしたい。