米国弁護士会DV委員会のDV問題への取り組みと職員教育に関する研究
-インタビュー調査を基に-
○ 鹿児島大学 今村 利香 (会員番号5622)
キーワード: 《DV》 《全米弁護士会DV委員会》 《研修プログラム》
米国では1974年に初めてのシェルターが設立された後,1979年には保健・福祉省に「Office of Domestic Violence」が設置された.その後1983年にはほとんどの州にDV防止法が制定され,1984年に「家族虐待防止サービス法」が制定された.更に1994年には「女性に対する暴力特別法」が制定され,司法中心の3大DV対策「①警察・検察・裁判所の対応改善 ②シェルターへの支援強化 ③被害者の権利の強化」がとられるようになり,2000年には「女性への暴力法2000」が制定された.このように,米国では日本よりも約30年も前からDV対策を実施してきたという実績がある. そこで今回,米国のDV被害者への法的取り組みと弁護士に対するDV問題に関する職員教育を明らかにし,日本の取り組みと比較することを目的に,ワシントンD.C.に事務局を置く米国法曹協会DV委員会会長にインタビューを実施し,米国法曹協会の取り組みを明らかにすることが出来たのでここに報告する.
2.研究の視点および方法典型的抽出法にて選択し協力の承諾が得られた米国法曹協会DV委員会事務局長に対し, 協会の個室にて,約60分のインタビューを実施した.インタビュー項目は,①Family Violence Prevention and Services Act制定前後に実施されたDV問題に対する米国弁護士会の取り組みや活動内容 ②DV問題に取り組む法律の専門家および専門外の社会福祉職員などに対する研修プログラム ③米国法曹協会DV委員会を通じた法的活動の3点である.インタビューを記録したICレコーダーより逐語録を作成し,複数の研究者で和訳を行なった.
3.倫理的配慮米国法曹協会DV委員会事務局長に調査依頼を実施し,文書と口頭で調査の主旨と内容についての説明を行い本人よりインタビュー研究の承諾を得た. 研究倫理指針に基づき,インタビューは個室で行い,ICレコーダーに録音することの了承を得た.本研究は鹿児島大学倫理審査会の承認を受けている(受付番号:102).
4.研 究 結 果1978年米国法曹協会は,全国規模の任意加入団体として設置され,全国の法律の専門家を動員してDV被害者への法律へのアクセスを増大させることを目的に,1994年に米国法曹協会DV委員会(以下DV委員会)は設置された.
DV委員会の活動内容は,DV 被害者等に対して直接働きかけることではなく,様々な方法で弁護士に働きかけ,DV被害者の法律へのアクセスを増大させることである.DV委員会は,DV被害者支援を実施する弁護士を支援するために,研修プログラムを無料で提供している.DV問題は単に暴力問題だけではなく,親権争い,家族内の法的問題,保護事例や,住宅,雇用,移民,あるいは税金問題など多岐におよぶため,DV委員会は,DVに関するあらゆる法律に亘る研修を念頭に置いて活動をしているが,実際にこのような取り組みを実施している弁護士はごくわずかであった.ワシントンDCの委員会調査により,DV被害者の約90%は弁護士無しで裁判を行っているという問題が明らかにされたが,DV委員会会長は,米国の法学部では,DVに関する教育を一度も受けなくとも卒業が可能であることや,個人の法律事務所で働く弁護士の中には,DV被害者への対応の仕方を知らない人が多いという問題を指摘していた.
この問題を解決するために,法学部の教授や新卒者,既卒者に対してDVに関する基礎的情報や権利,DV被害者を発見し支援する具体的方法について情報提供をしていた.また,DV委員会事務局長は,弁護士に限らず全ての専門家が被害者に関わる前に専門的研修の受講が不可欠である事を指摘していた.日本も同様の問題を抱えているが,既卒者に留まらず,大学教育のレベルまで弁護士協会が積極的に関与するということはしてはなされてはいなかった.
米国でも日本同様,都市部に比べて地方では,DV問題に対する社会資源や被害者支援プログラムが不足し,弁護士支援に関するインフラ不足が問題視されていた.
現在DV委員会では,身体に障害を持つDV被害者支援に焦点をあて,これに対応できる弁護士の養成や,同性愛者間のDV問題に対するプロジェクトの立ち上げなど,積極的な会活動を展開している.近年日本でも,東京など大都市においては,統合失調症を抱える被害者への対応に関する研修会が開催されたり,弁護士会が障害者への虐待防止法案意見書を国会に提出するなど同様の取り組みが実施されるようにはなったが,研修会は単発開催であるなど,今後米国と同様,プロジェクトを立ち上げ継続的に取り組みを実施することが不可欠である.
また,DV委員会は,法的活動として国会と協力し,政策的弁護業務のほか,立法的弁護業務の実施やDV被害者支援を実施する弁護士の財政援助に関する法案を通過させるなど,DV問題の法的解決のために,積極的に活動していることが明らかになった.これらは今後,日本でも求められる取組みであると考える。
※本研究は,平成20~22年度文部科学省科学研究費補助金(基盤C20510249)による成果の一部である.