特定課題セッションのねらい

 特定課題セッションは、第一に議論の時間を重視した新たな研究発表の形態です。これまでの自由研究発表では、それぞれの発表が独立してなされ、議論も短時間しか行われませんでした。しかし特定課題セッションでは、特定課題に沿った研究発表が複数なされた後に、その特定課題を深めるための共同討議の時間が十分に確保されています。

 特定課題セッションは、第二に新しい議論の形態を模索する試みです。これまでの自由研究発表では、司会者は分科会を運営し、参加者の発言を促す役割が主でした。しかしこの特定課題セッションでは、特定課題を提出したコーディネーターに強い責務と権限を負わせています。

 まずコーディネーターは、自ら今学会として議論すべき特定課題を掲げ、その特定課題での研究発表を会員に促します。そして特定課題セッションに応募してきた研究の中からどれを採用するか決定する権限があります。さらに特定課題セッションの当日は、どのように討議の柱立てをするのかなど、議論の運営をリードする責務があります。大会後には、学会ホームページに特定課題セッションの報告を行います。

 

特定課題セッションの各テーマの趣旨

■ 特定課題セッションⅠ

テーマ:「相談援助としてのターミナル / グリーフケア -介護施設における一貫した看取りと送り-」
コーディネーター:大西次郎(武庫川女子大学)

【テーマ趣旨】

 老人保健施設や特別養護老人ホームといった介護施設内で、在所者の終末へ臨む際に欠かせない 「死に至るまでの、医療と連携したターミナルケア」 ならびに 「死してのちの、葬儀社・宗教家と連携したグリーフケア」 は、相補的に高齢者のエンド・オブ・ライフを充実させ得る。かたや相談援助は、高齢者本人へのターミナルケアと、家族 (遺族) へのグリーフケアを語るものの、その狭間に関し沈黙してきた。
 重度・重症化する介護施設という、遠からぬ死をおのずと予期できる場で、在所者が自らの終末を安心して迎えられ、かつ死に対峙する職員の負担をも緩和する、介護施設内での一貫したターミナル / グリーフケア体制を提起することが、本セッションの目的である。
 前者の視点、すなわちターミナルケアの実施に際し、高齢者の終末期は認知症や意識レベルの低下によって、本人の意向がしばしば確認しづらい。リビング・ウィルが用意されていない、身近な人との話し合いも成されていないといった例は少なくなく、相談援助職が直面する倫理的ジレンマの一因となっている。高齢者の看取りの場における終末期医療の適応や、家族による代理決定の是非などにつき、介護施設への入所時にさかのぼって、その取り組みを論じる必要がある。
 後者の観点、すなわちグリーフケアは遺族のケアと従来捉えられ、相談援助の理論と実践が、高齢者の抱く自身の死や葬儀・埋葬の予期悲嘆 (グリーフ) を受けとめてきたとは言い難い。しかし、送りの儀礼の催行は時間軸上死後でありながら、数日内に必発・展開する現世である。高齢者は看取りから送りへの流れを、自らの生の延長線上に見据えている。かたや、本人亡き後の出来事は、残念ながら生前の相談援助の視界になく、われわれは高齢者の想いに応えてこなかった。
 現代において、高齢者の死へ向けた観念やそれに伴う葬送の実況は、個性重視、事前表示といった変遷の渦中にある。在所者より、自身の看取り方から送りの儀礼に至るニーズの表出も見られるなか、職員はこれにうすうす気付き、時にいきなり直面し、そして精一杯努力し、あるいは無視している。相談援助が看取りや送りへ十分に触れぬまま介護施設の取り組みを看過する一方で、死生学や緩和ケアといった学術体系が勃興し、葬儀社や寺院といった実践組織が高齢者ないし職員へ手を差し伸べようとしている。
 今こそ看取りと送りを、生から死への連続した流れのなかで、レジデンシャル・ソーシャルワークの一環として相談援助の範疇へ位置付けるべきである。そのことにより、職員の疲弊や燃え尽きの要因として無視できない介護施設でのターミナル / グリーフケアを、関連する学術や実践領域との連携・協働を通して円滑化できるならば、少なからず有益なことである。
 万人へ訪れる死を介護施設内で遺漏なくケアすることができ、在所者も不安なく過ごせて、かつ死後の懸念をも自然と口にできる環境を創りたい。言い換えれば、これらを目指して日々創意工夫しながらも、増加する一方の業務量とその質に圧倒されて情熱を失いかけている皆さん、未来を手中へ取り戻そう!

 

■ 特定課題セッション Ⅱ

テーマ:「児童虐待の実態と課題を考える -市町村の役割を中心に」
コーディネーター:加藤曜子(流通科学大学)

【テーマ趣旨】

 近年児童虐待問題は、社会問題としての認知を高めつつあります。家族の多様化、地域から孤立化、貧困化などの社会的な背景をもと、親の養育力の低下と相まって、取り扱い件数は5 万件を超えるにいたっています。2004 年以降、市町村が児童家庭相談の第一義的な役割を位置けられていました。さらに、相談にとどまらず、市町村は、児童虐待として通報されていても、被虐待児の9 割は地域に住み続けるため、子どもの安全な生活支援を含めた家族支援、在宅支援の役割を担い、かつ市町村児童虐待防止ネットワークとして要保護児童対策地域協議会運営も担っています。さらに児童福祉施設退所児についても在宅支援の対象となっています。そういった多岐にわたる子どもの福祉を担う支援の実態は非常に貧困なものがあります。十分な人員や対人援助の専門性も高まらず、放置され、現在に至っています。児童相談所児童福祉司をはじめ、実際に子どもの福祉を担う第一線が、十分に子どもを守る力が発揮されておりません。児童家庭福祉分野の研究についても市町村を取り上げているものは多くはありません。
 社会福祉学会にあっては、2000 年児童虐待防止法制定10 年を超えた時点で、市町村において、児童家庭福祉としての支援はどうあるべきか、是非研究報告をいただき議論をしたいと希望します。
 具体的な課題研究テーマとしては、市町村における支援を中心にすえ、
①児童家庭福祉のソーシャルワークに求められる資質とは何か、
②多職種多機関連携と言われる中で、児童家庭福祉の役割は何かを明確にしていくことやどういった発展が求められるのか、
③具体的には、児童家庭福祉のアウトリーチとは何か、
④児童家庭福祉の家庭訪問とは何か、
⑤要保護児童対策地域協議会の目指すところは何か、
⑥地域における被虐待児への社会資源や子どものウエルビーイングとは何か
⑦関連領域である、保育、学校、医療機関、障害福祉、精神保健分野との共有の課題とは何か
など、福祉が予防を担うと言われている今、子どものニーズからみた市町村の役割を今一度、現場と学会をつなぐ架け橋として、是非、本テーマでコーディネートさせていただければ幸いです。

 

■ 特定課題セッション Ⅲ

テーマ:「保育所保育におけるソーシャルワーク機能」
コーディネーター:小口将典(関西福祉科学大学)

【テーマ趣旨】

 子どもとその親への福祉の中心的な役割を担ってきた保育所は今大きなうねりのなかにある。多様化するニーズと向き合い、地域の子育て支援の中心的な役割を担う機関として家庭や保護者の問題と向き合い、支援していく知識と技術が求められている。2008 年に改訂された保育所保育指針では、保育所における保護者や地域への支援が明確になされており、後に打ち出された「子ども・子育て新システム」においても新たな保育機能が示されている。保育所は社会福祉施設としての新たな役割が問われているなかで、保育現場は直面する問題はより多様で複雑化し、その対応に適切な方法が見出せずに苦慮している。
 このような背景をもとに、保育士養成のカリキュラムは2011 年より大きく見直された。これまでの「社会福祉援助技術」は「相談支援」「保育相談支援」という新たな科目へと再編し、必修科目においても保護者、家庭、地域への支援を学ぶことを強化したものとなっている。つまり、保育分野に新しいソーシャルワーク機能を求めているのである。
 しかし、保育士が担ういわゆる保育実践に、ソーシャルワーク機能を付与することの必要性が強調されながらも明確な援助技術としての整理が行われておらず、その定義や役割についても統一した見解が示されていないのが現状である。だが、それには幾つかの理由もある。例えば、保育所の歴史は児童福祉施設でありながら、「保育」という独自の個別性を保ちながら発展を遂げてきた経緯もあり、ソーシャルワークと保育の関係性を見出すことが難しい。保育士はソーシャルワーカーに「なるべきか」「なれるのか」、あるいは「保育所にソーシャルワーカーを置くべき」というような議論も一方ではあるように、保育固有の理念も持ちながら、その実践においてソーシャルワークの機能を付与するにはもう少し学術的な議論が必要であるように思われ、「保育ソーシャルワーク」という新たな学問的分野の一部として捉えることもできる。だが、これまでの保育所の長い歴史にける保育の理念の根幹には福祉の独自性や重要な要素も多く含まれていることもまた事実である。近年、幼保一体化の議論もなされているが、現代社会において子どもの育ちとその家庭を支えるには、ソーシャルワークの機能を欠くことはできないであろう。
 これらを踏まえ、本セッションでは、保育所保育に焦点を当て、福祉的な立場で改めて保育所の役割を捉え直す。さらに、これまでの保育実践によって積み上げられてきた英知の上に、ソーシャルワークの機能をどのように付与することができるのであろうか。実際にその対応に苦慮している保育現場に何を示すことができるのだろうか。さまざまな角度から保育におけるソーシャルワークとその可能性への議論をふかめ、「保育ソーシャルワーク」への提起につなげる手がかりとしたい。

 

■ 特定課題セッション Ⅳ
テーマ:「社会福祉士新カリキュラムにおける実習プログラミングの課題と展望」
コーディネーター:川島惠美(関西学院大学)

【テーマ趣旨】

 我が国では社会福祉士および介護福祉士法が制定され、実習科目の設置が規定されたことで、相談援助実習は社会福祉教育の中核として位置付けられた。更に2007 年度の社会福祉士及び介護福祉士制度改正を受けて、大学や専門学校などの社会福祉士養成校は、学生が講義や演習を通して身につけた価値・知識・技術を実習体験と統合化させて実践力強化に繋げる教育カリキュラム作りを進めている。その成功の鍵となるのは、学生の作成した実習計画書の内容と実習先が提供できる実習機会を事前に摺り合わせて、養成校・学生・実習先施設の三者が協働して行う実習プログラミングである。もしも三者協働による実習プログラミングが上手く行われなければ、養成校が教える指導内容と実習体験との間に乖離が生じて、学生の実習において迷いや混乱を生じさせる可能性があることから、実践力のある人材育成に向けて実習プログラミングをいかに行うかということの重要性に疑いの余地は無い。
 しかしながら、三者協働の実習プログラミングには、実習先の多大な理解と協力が求められる。実習先担当者には、専門職としての職務遂行と、実習生への指導という二重の役割が求められ、養成校側が実習先担当者の負担増を懸念して厳格な実習プログラミングに対して及び腰になっているという可能性は拭い切れない。更に社会福祉士新カリキュラムの実施に伴い、実習指導の時間増による養成校教員の負担増も懸念されており、実習中の巡回指導に加えて事前に実習先を訪問したり、連絡を取り合いながら実習プログラミングを行う事は決して容易ではない。
 本セッションでは、このような現状を踏まえつつも、養成校・学生・実習先施設の三者が協働して実習プログラミングを行うにはどうしたら良いのか、具体的な実習プログラムをどう組み立てるのか、更に、実習プログラム実践による効果をどのように測定するのかといった実習プログラミングの方法論について論議を進めることを目的とする。本セッションの発表者として、幅広く実習教育に関する研究を行っている会員を募集し、多様な視点から効果的な実習プログラミングの方法を模索する。また本セッションには、実習教育研究を行っている会員だけでなく、実習プログラミングの難しさを体験した養成校の教員や実習先指導者の参加も見込まれることから開催の意義は非常に高いものと考える。
 本セッションの実施プロセスとして、複数の発表者による研究報告を行い、発表のポイントを参加者に投げかけてディスカッションを行う。また実習プログラミングの実践例の紹介やプログラミングに伴う悩みの共有も含めて参加者から意見を募集し、できるだけ教員側と実習先担当者側双方から意見が出るようにファシリテートし、最終的にコーディネーターは、参加者からの意見をまとめて実習プログラミングの現状における課題を整理し、将来展望として実践力のある人材育成に繋がる三者協働による実習プログラミングを行う方法に関する提言をまとめる事とする。

 

■ 特定課題セッション Ⅴ

テーマ:「実習教育における障害学生支援の視点と方法」
コーディネーター:太田晴康(静岡福祉大学)

【テーマ趣旨】

 福祉専門職を養成する教育機関において、障害学生が専門知識・技術を習得し、卒業後に施設・機関に就職するといった道筋は必ずしも確立しているわけではない。社会福祉士養成を例に取れば、養成カリキュラムは用意されているものの、聴覚に障害のある学生の「相談援助実習」に際しては手話通訳、ノートテイクといった情報バリアフリー支援が欠かせないにもかかわらず、費用負担をはじめとする多くの課題が存在する。視覚に障害のある学生も同様であり、実習教育に必要とされる点訳資料・拡大図書等の媒体そのものが少ない上、実習先の受け入れ体制も未整備といった状況がある。さらに肢体不自由の学生の場合、実習先への交通アクセスをはじめ、バリアフリー環境の確認等が欠かせず、実習前後の課題はきわめて多岐にわたる。精神に障害のある学生の生理的状況を考慮した実習配属のあり方についても、経験の蓄積は皆無に近いと言わざるをえない。
 要は、1.福祉専門職養成課程において個別の障害状況を勘案したカリキュラムが存在せず、その指導は現場の工夫にゆだねられている。2.障害者支援の分野ではピアカウンセリングをはじめ、当事者による関与ならびにサービスの有効性が認められ、成果を上げているものの、教育分野において当事者性に基づく指導方法論がきわめて少ない。3.「相談援助実習」という対人福祉サービスに欠かせない臨床性の高い履修科目において、実施責任を含む合理的配慮のあり方が明確ではない。4.近年、キャリア支援教育は、教育機関が果たすべき使命の一つとして重視されているにもかかわらず、福祉専門職養成カリキュラムの延長線上あるいは連続的に、障害学生を対象とするキャリア支援教育が位置づけられているとはいえず、なかには社会福祉士を取得したにもかかわらず就職先が見つからない、等の課題が存在する。
 その一方で、教育機関のなかには障害学生支援部署と連携して効果的な実習教育を実現する、あるいは、実習受け入れ施設・機関においても、実習指導者と指導教員との連携等により、個々の障害状況に対応しつつ教育成果をあげている例が見られることも事実であり、障害のある学生が社会福祉士として巣立っていくケースも散見される。
 そこで、本セッションは障害学生の専門職養成教育、とりわけ「相談援助実習」に焦点をあて、現実に教育に携わる関係者間の情報交換、支援上の課題の抽出と明確化、障害学生を対象とする実習指導マニュアルの共有等を目的とする。また、現状の問題点を指摘するにとどまらず、指導方法論や教育カリキュラム、構築すべき支援体制のあり方、さらには実習受け入れ施設・機関側の工夫や受け入れ体制等、建設的な事例及び提案ならびに情報交換を実現したいと考える。本セッションにおける発表ならびに討論を通じて、現実に困難を抱えている障害学生、指導教員、実習指導者等に資する具体的な成果をあげることを本セッションの達成目標としたい。

 

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