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第60回秋季大会 記念講演

日本社会の再生と社会福祉学の役割
  -東日本大震災後の復興を通して日本社会の再生を考える-

関西学院大学総合政策学部教授・災害復興制度研究所所長 室崎益輝

 

東日本大震災は、「前例のない災害」と言われるほどに量においても質においても甚大かつ取り返しのつかない被害を、私たちの社会に強いるものとなった。ところで、その甚大な被害の原因を、巨大な津波やその想定における見落としに押し付けてはならない。原因には、私たちの社会の持っている弱点や歪みが深く関わっていることを見逃してはならない。

例えば、原発の炉心溶融とそれによる深刻な放射能汚染には、わが国の政府の緊急事態処理能力の弱さが関わっている。障害者や高齢者で被災率が著しく高かったということについては、要援護者に対する日常時及び非常時のケアの弱さが関わっている。住宅再建や経済再建などの復興が著しく遅れ、それによって甚大な間接被害がもたらされていることについては、復興に対する法制度の欠落が深く関わっている。震災に関わるこうした社会的な欠陥を正しく認識し、その改善に努力しなければ同じ過ちを繰り返すことになるであろう。

この被害の拡大につながる社会的な歪みとしてはまず、災害後における医療や福祉などを含めた社会的対応システムの欠陥を指摘しなければならない。一人暮らしの高齢者が壊れた住宅の中に何日も放置されたこと、津波で何もかも失った難病患者に必要な薬がいつまでも届けられなかったこと、避難所が劣悪な状態のままに放置されプライバシーの確保が疎かになったこと、仮設住宅の中での閉じこもりを防げず孤独死を招いたこと、県外避難者の実態がつかめず支援の網からの落ちこぼれが生じたこと、非常時の社会的ケアあるいは社会福祉のあり方に関わる問題は、少なくない。

しかし、問われている社会的な歪みは、非常時のシステムだけではない。平常時における医療や福祉などの社会的介護システムの問題を見落としてはならない。日常時のシステムの欠陥がまずあって、それが伏線となって非常時のシステムの欠陥を惹起したり拡大したりしている。巨大災害は、その時代やその地域の持っている社会的な歪みを、先取りする形で顕在化すると言われている。阪神・淡路大震災は高齢化社会における社会孤立の問題を、中越地震は中山間地域における限界集落の問題を、東日本大震災は経済優先時代の福祉軽視の問題を、甚大な被害を通して私たちに見せつけたのである。

この非常時の歪みは応急治療に関わる問題、日常時の歪みは公衆衛生に関わる問題と、位置づけることができる。ところで、日常時の歪みの解消も非常時の歪みの解消も、減災や復興の取り組みと密接に関わっている。減災でいうと、被害の足し算を対策の引き算ではかるということで、事前の対策と事後の対策を組み合わせることが求められ、福祉の対策と福祉以外の対策を組み合わせること、ハードウエアとソフトウエアを組み合わせることが求められるが、事前の対策として、まちづくりやコミュニティづくりあるいは防災教育や人権擁護などの取り組みの強化とともに社会福祉の取り組みを強化することが求められる。人と人とが支え合う社会をつくること、誰もが安心して暮らせる社会をつくること、バリアフリーやノーマライゼーションに努めることなどが、ここでは求められる。

事後の対策では、災害によって、医療や福祉さらには生活のケアの必要な人が著しく増加し「災害保護」のニーズが高まる。こうした災害後におけるケアの大量性あるいはケアの特殊性に応じた、迅速で多様でそして何よりも大がかりなケアの態勢を構築することが求められる。要援護者の安否確認から始まって福祉避難所の開設、孤立しがちな高齢者等の見守り、児童を含む被災者に対する心のケア、被災者の自立を引きだす多様な支援など、被災者の救護や保護のための対策のあり方とともにそのための介護や支援のあり方を、総合的に見直す必要がある。

さて、復興についても言及しておこう。復興の目的は、被災者の自立をはかること、安全の確保をはかること、社会の矛盾を解消することの3つである。そのどれを欠いても、真の復興とは言えない。ややもすると安全や防災だけが復興の目的のように錯覚しがちであるが、その視野狭窄的な過ちは正さなければならない。ということで、第1の自立支援や第3の社会再生に力点を置いた復興への取り組みが、強く求められるのである。このうちの第1の支援は、先に述べた減災における事後の福祉対応や災害保護の対策に通じる。被災者の回復をはかりながら自立を引きだす、災害後の生活や生業の包括的な支援システムの構築を、法整備も含めてはかる必要があろう。

復興は、世直しあるいは軸ずらしでなければならない、と私は考えている。災害が私たちに突きつけた社会の矛盾や歪みに向きあって、その改善をはかることが欠かせないからである。もとに戻す再生ではなく社会変革や社会シンポを伴う再生でなければならないのである。それは、今までの経済成長路線や競争原理社会の踏襲をはかることではない。何が危険な社会をつくってきたのかの反省のもとに、経済優先ではなく自然破壊でもない社会をどう構築するのかを、復興の中では考えなければならない。東北という被災地が今までの社会的あるいは経済的差別を乗り越えて、真の意味での自立を勝ち取ることこそが復興の中心課題でなければならない、と思っている。

この点では、過大な自己責任や自助の強調には警戒心をもって臨まなければならないであろう。人からコンクリートに再び戻そうとする強靭な国土論にも警戒する必要があろう。

それに加えて、福祉を防災にすり替えてしまおうとする危険な動きにも警戒しなければならないであろう。

最後に、忘れないで強調しておきたいことがある。減災は足し算ということにもかかわるのであるが、人間の足し算としての協働連携社会あるいは共同参画社会を構築することが、災害後の世直しでは欠かせないということである。阪神・淡路大震災後に目指されたあららしい市民社会の構築は道半ばである。行政、コミュニティ、ボランティア、企業が協働する社会を構築すること、様々な分野が協働して減災や福祉に取り組むシステムをつくることが、今ほど求められている時はない。こうした歴史的な使命に応えることが、社会福祉学には求められている。

 


講演者略歴
室崎 益輝(むろさき よしてる)
関西学院大学 総合政策学部教授・災害復興制度研究所長
1944年8月、尼崎市生まれ。1967年3月、京都大学工学部建築学科卒業。神戸大学都市安全研究センター教授、独立行政法人消防研究所理事長、消防庁消防研究センター所長を経て、2008年より現職。日本火災学会賞、日本建築学会賞、都市住宅学会賞、防災功労者内閣総理大臣表彰などを受賞。京都大学防災研究所客員教授、日本火災学会会長、日本災害復興学会会長、中央防災会議専門委員、人と防災未来センター上級研究員、海外災害援助市民センター副代表、ひょうごボランタリープラザ所長などを歴任。著書に、地域計画と防火、危険都市の証言、建築防災・安全、大震災以後など。

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