自由研究発表思想  植田 智也

自他の尊重と充実を目的とした社会福祉
 -「関係自立論」の構築に向けて-

○ 静岡英和学院大学  植田 智也 (会員番号1831)
キーワード: 《自立》 《関係(性)》 《充実》

1.研 究 目 的

 岡村重夫のいう「人間の基本的欲求」、マズロー(Maslow,A.H.)の「自己実現」を探っていくと、「関係のなかの充実」に行き当たる。そしてこの要件とは、山根常男が重視する個人の「情緒的自立」であろう。つまり人間としての充実を経験するためには、個人は「社会人」でなければならない。日本社会に生活する人々の「情緒的自立」の程度の評価、その要因の解明と生活ニーズの認識、これに基づく社会福祉政策あるいは福祉政策の展開における方法論の構築を企図した理論の体系が、「関係自立論」である。

2.研究の視点および方法

 (1)「自立」および「充実」の意味  
  「社会人」の要件とそのための能力について考察する。また、人間生活の「充実」が、自己、他者、社会環境、自然環境との相互作用のなかでのみ実現可能であることを示す。しかも、「社会人」による「充実」の追求は、自身の「充実」がそのまま他者の「充実」に結びつく可能性のあることを明らかにする。
  (2)個人の情緒的な自立度の評価(福祉問題の渦中にある人々を例として)  
  「充実」は、「自律性」と「相互性」の発揮によって実現する。しかし、たとえば、老人ホームを利用する高齢者では、自分から積極的に娯楽や楽しみを求める言動はほとんど確認できないし、他者の個性と映る動作や行動には非難の声を上げる。また、他律的な行動原理、集団への個の埋没など伝統的価値観に影響を受けた意識が全面に出ていると感じられたり、自らの個性に気づかないまま加齢したと考えられる者も目につく。  
 さらに、高齢者には成人した子への情緒的な依存が顕著な者が少なくない。援助計画は周到であっても、「家族」のもとに戻れる見込がない場合は、それが奏功しないことがある。一方で、「家族」との絆が断ち切れている高齢者を、施設職員による個別支援が活気づかせることもある。これらは、「自分のなかの他者」、つまり自分の生に価値をもたらす他者の存在が、人間には不可欠であることを示している。しかし、自ら進んで我が子や孫以外の者にそれを求めない点は、日本の高齢者に特徴的であるようだ。そこには、「子離れ不全」、別の見方をすると、信頼できる「他者」の範囲の狭さが示されているようだ。
 (3)高齢者の情緒的自立度の低さの要因  
  高齢者の情緒的自立度の低さの理由としてまず考えられることは、父母子関係の不適正である。「自律性」および「相互性」の発達は、父母が与える「愛情」と「権威」の質・量・時期によって決まると考える。「家」に固執する意識や集団主義的な態度は、それらの価値観を具有する親をはじめとした周囲の大人たちによってする込まれたものであろう。  
 また、「家」制度、集団主義は、諸個人の思考や社会関係の持ち方を差別的な規範や道徳で縛っていた。対人関係の稀薄化が進行した現代においても、従来人間やその生活の本質について深慮の機会に恵まれなかったわが国の人々は、自らの判断とそれに基づく行動に自信がもてないのかもしれない。
 (4)生活ニーズの本質とそこから生ずる生活困難  
  上で述べたような高齢者の生活ニーズの本質とは、自己の存在価値・自他の関係性についての認識不全、それらについての思惟・思考のための機会の不足と考える。かつての身分や役割に応じた生き方・振る舞い、それらに付随したと想像できるあきらめは自他に関する洞察を不問に付したのだろうか。  
 そのことが現実生活に現れる場合の困難は、次のようなことである。①自らの個性に気づいていない、あるいはそれを評価できない。よって、②他者の個性・独自性を評価できない。また、③自らの思考や行動に自信が持てない。そこから④他者の思考や行動の同一性を期待する。さらに、他者の認識とそれに基づく共感が困難であることから、⑤信頼できる「他者」が限定され、その信頼も相互の役割取得を担保にしている。これらのために、⑥不特定の人々との相互作用から生まれる「充実」を知らない。要するに、情緒的自立、つまり不特定の人々との間に信頼関係を結ぶこと、の困難である。
 (5)援助方法論の構築  
  (4)で述べた生来の対人関係、社会関係の不適正・不全に起因する「未自立」状態にある個々の高齢者を、それぞれの「充実」に導くことを目的とした援助方法の構築を企図する。  

3.倫理的配慮

 現在のところ、既発表論文で扱った事例を基に論考を進めるが、今後の社会調査を用いた論考については、調査対象となる個人やその周辺の人々に関する情報の保護、特定集団どうし、特定集団と他集団との関係上に発生する害悪防止のための配慮を十分におこなう。

4.研 究 結 果

 当面、上にみた高齢者に必要な配慮の一つは、「心の支え」に関することであろう。子に過度に依存する者であっても、信頼できる他者の範囲を、我が子や親族からその外に存在する他者へと拡げることができれば、寂しさを感じることは少なくなるだろう。たとえば、「継続性の尊重」を前提とした「残存能力の活用」に則り、施設内や地域社会に信頼を機軸とした役割関係を構築することは有効と考えられる。

↑ このページのトップへ

トップページへ戻る

お問い合わせ先

第58回秋季大会事務局(日本福祉大学)
〒470-3295 愛知県知多郡美浜町奥田
日本福祉大学 美浜キャンパス

受付窓口

〒170-0004
東京都豊島区北大塚 3-21-10 アーバン大塚3階

株式会社ガリレオ 学会業務情報化センター内
日本社会福祉学会 第58回秋季大会 係

Fax:03-5907-6364

E-mail: taikai.jsssw@ml.gakkai.ne.jp