サード・セクターの自律性を支える政策的・制度的基盤としての協働政策
-公的セクターとサード・セクターとの資金媒介関係の観点から-
○ 立教大学 原田 晃樹 (会員番号7735)
キーワード: 《協働》 《自治体》 《サード・セクター》
本報告の趣旨は、主に次の3点である。第一に、政府による「新しい公共」とそれを 支える「協働」概念が、その理論的帰結として、公的資金に依存しない経済的に自立した サード・セクター像を要請していることを明らかにし、委託を含む現実の官民関係の改善 というよりは、むしろ、サード・セクター陣営自らが公的資金を忌避する議論の推進者と なっている現状を指摘する。第二に、こうした日本における協働概念に対し、日本のサード・ セクターが置かれる状況を相対化するために、協働をめぐる既存の理論的枠組みを整理し つつ、英国におけるサード・セクターへの公的資金の実態を参考にしながら、委託等の公的 資金をめぐる協働関係の構造的な問題点を指摘する。そして、第三に、以上を踏まえ、 サード・セクターの自律性を下支えする基盤としての公的資金供給のあり方について、 実態に即して具体的に提起する。
2.研究の視点および方法 近年、サード・セクターと政府セクターとの「協働」論が花盛りである。自治体レベル
では、協働に関する条例、または指針やガイドラインといったものが多数つくられている。
政府レベルの政策文書や調査報告書でも協働に関する数多くの記述を眼にするようになった。
これら協働の用語を見渡してみると、概ね、①異質なアクターが、② 共通の目標のために、
③対等かつ相互に自立した形で協力すること、また、そのような関係性を構築するために
④相互の理解や信頼関係を醸成することが含意されているということができる。
しかし、上記のような協働の理念が語られる一方で、協働という概念には、行政改革や
NPM(新公共経営)の旗印の下、行財政の効率化(財政削減)のために、公共サービスを、
NPOを含む民間にアウトソーシングしていくという側面が色濃く存在している。そこでは、
「新しい公共」の担い手として、サード・セクターが、政府だけでは対処できなくなった
公共サービスの空隙を埋め合わせることが期待されているように思われる。日本では、
サード・セクターと公的セクターとの協働をめぐって、いわゆる「規範的協働」論とアウト
ソーシングとしての協働という現実が、あたかも建て前と本音のような対照を見せて併存
しているのである。
このような状況を背景として、一部の論者の中には、サード・セクターと政府・自治体が
対等な関係性を築くことのできない委託は協働ではなく、サード・セクターはできるだけ
公的資金には頼らず、民間からの寄付や事業収入のみで経済的に自立すべきであるとする
論調が顕著になってきている。しかし、サード・セクターにおいては、その受益者がサービス
のコストを全く、あるいは一部しか支払うことができない場合も多いこと、また、日本社会
において寄付文化が未成熟であることを考えると、民間財源だけで自立すべきだという主張
に現実的根拠があるとは思えない。加えて、サード・セクターの商業化についても、行政の
下請け化と同様、採算性重視のために利用者から貧困者を排除し、自らのミッションを歪曲
させるリスクが存在していることに留意すべきである。
以上のような協働をめぐる諸問題を考えた時、私たちは、協働という関係のあり方を
どのように捉えるべきなのだろうか。とりわけ、従来の協働論が主張していたような
「サード・セクターと公的セクターの対等性」は果たして可能なのか、可能だとすれば、
その内実は、具体的にどのようなものであり、いかにして可能になるのかといったことが
問われる必要がある。
そこで、本報告では、第一に、サラモン(Salamon)の第三者政府(third party government)
論を手がかりに、協働=パートナーシップは、どのような理論的蓄積の文脈で捉えられて
きたのかを概観する。第二に、政府が積極的な協働施策を展開している英国の事例を下敷き
に、日本の政府・自治体による協働施策の特徴とその問題点を明らかにする。そして、以上
を踏まえ、第三に、NPOと政府の協働を促進する制度的・政策的条件について、特に委託を
めぐる資金媒介関係の点から具体的に提起する。
インタビュー調査においては、本人のプライバシーに配慮して編集した。
4.研 究 結 果 日本におけるサード・セクターと公的セクターとの協働関係は、それが規範的である
が故に、公的資金からの自立が強調されるきらいがある。しかしながら、世界的な傾向
として、サード・セクターは公的資金に依存する割合は高いが、そのことによってサード・
セクターの独立性は否定されているわけではないことが確認できた。問題は、公的資金に
依存している事実それ自体ではなく、その提供のされ方に求められるべきである。具体的
には、委託等の契約において、①サード・セクターの社会的価値の測定手法の欠如、
②単年度の資金提供、③不当に低い人件費や間接経費、④裁量の余地が認められない硬直的な
仕様書等々の問題がまかり通っている現実である。
そして、協働施策においてしばしば強調される「対等性」は、これら現実の問題解決に
寄与しないだけでなく、そもそも、正当性のレベルで、個々の組織と政府・自治体は対等
になり得るかという点が問題になる。協働する住民は全住民の公益からすれば部分利益を
代表するに過ぎないから、住民サイドの意思決定権限が拡充されると、特定団体との癒着関係
に堕するという危険である。だが、この点は日本ではほとんど考慮されてこなかった。
これについて、英国のケース・スタディからのファインディングは、第一に、単体としての
組織ではなく、国レベル、並びに地域レベルにおいてセクターとしてのまとまりをつくる
ことで、一定の公益性が主張されうるというものである。第二に、英国政府の協働施策が、
強固な集権的要素を含みつつも、サード・セクターによる自治体の政策形成プロセスへの参加
を義務づけたことで、地域の政策アジェンダの設定においてサード・セクターの影響力が発揮
される可能性が開かれたことである。こうした点から日本の協働施策を捉えたとき、従来の
規範的協働論を超えた新しい協働概念が必要だと結論づけられよう。