学会企画シンポジウムシンポジスト 小笠原 浩一

「経済危機下における社会福祉の役割-市場経済と社会福祉」

小笠原 浩一(東北福祉大学)

 

1. 主題の限定
2008年秋の金融危機以降、市場原理主義や競争促進的な介入的自由主義に対する批判が比較的広範な理論サークルや思想的立場を吸濁しながら新しい時流を形成している。こぞって取り上げられる格差や貧困や社会的排除といったキーワードは、経済グローバリズムへの批判の入口の視座を構えるものである。肝心なのは、格差・貧困・社会的排除といった現象の内実の深刻さである。仕事を通じた社会参加への機会を奪われ、健康を損ね、つながりを失い、自律的に生活を構成するための自尊や承認の安全弁が抜け落ちてしまった人びとの内面にまでグローバリズムの冷徹な生存のためのルールが投影してしまっている。そこには、そうした内面的な存在性を公共的な福祉機能が十分に担保できなくなっているという現実がある。経済グローバリズムのダイナミズムがそのようなものであるとすれば、経済的保障の強化やネットワーク型社会システムの修復といった回帰型思考に基づく問題への対応ではいかにも不十分である。

ひととしての存在と現れの機会における公正性の保障といった正義論的なwellbeingの世界に社会福祉がきちっと踏み込んでいくためには、だれが、どんな構想と装置に基づき、いかなる手段と手順を行動化していったらよいのか。そのような経験実証的な、あるいは臨床福祉学的な知識交流の中から、社会福祉の今日的な活動フレームを浮かび上がらせるというのが、このシンポジウムを企画された先生方の関心ではないかと受け止めている。

そこで、本発題では、2つの論点にフォーカスを絞って、この関心を共有していきたい。1つめは、人びとの抱える福祉的な困難は市場経済とどのような関係にあるのか。換言すれば、市場経済が人間生活に及ぼす分配的効用や逆説的なストレスは、ひとの生活環境のあり方とどのような関係にあるのか。2つめは、社会福祉の範域の弛緩ないし社会福祉の社会政策化の中で、ひとの内面世界から存在と現れを再構築していくための福祉的機能を担保する資源とは何なのか。

2. 市場経済と社会福祉との関係
 格差・貧困・社会的排除は市場経済のグローバルな成長メカニズムに関する主要な関心事である。とくに、格差と成長と貧困の連鎖のメカニズムの解明は今日の社会福祉研究に重要な示唆を与えている。BoothとMosleyは、経済グローバリズムは需要をコミュニケーション・メディアとする経済的な環と社会政策の実行可能性・実効性を媒介とする政治的な環との連鎖で構造化されており、その連鎖が必然的に生み出すコンフリクトの帰結がどのようなものになるかは、政府ならびにNGOなど社会行動主体の問題マージ力の強さと発動様式に依存すると考えた。そこでは、仮に強さがあっても発動様式の選択次第では、Handlerが分析したような、福祉政策そのものが低賃金や雇用の不安定化を助長するというパラドックスの危険性が存在することが含意されている。

社会的排除に関する社会心理学や臨床社会政策分野の研究は、社会的異端化へのリスクは市場直律的なものではなく、日常生活環境や主体の抱える条件に依存することを明らかにしている (Percy-Smith, Williams/Forgas/von Hippelなど)。老年心理学や地域保健学に有力な環境アプローチでは、低所得や雇用機会の喪失といった経済的クライシスが生活環境に関わるどのようなリスク変数のもとで発生したかに注目する。リスクの発生条件によってクライシスが主体に内面化する仕方が異なると観ているからである(Aldwin/Gilmer, Manuck/Jennings/Rabin/Baum, Boylan, Ogasawaraなど)。

これらの議論は、経済的クライシスは沈潜する社会構造変容を加速化させたり、個人が抱えるリスクを具体的に可視化させる契機であるに過ぎない、あるいは、加速化・可視化のレベルや態様は公共的福祉機能のあり方に規定されると主張する。こうした把握の仕方は、わが国の社会福祉改革の議論においても観られたものである。また、リスクの主体への顕在化はソーシャルワークを機動させる基本的なトリガーであるという理解はある意味では常識に属する。同様の視点は、生活保護における経済的保障と自立の助長との関係で取り上げられる個人の生活の論理の体系的な把握の必要性の主張にも通ずるものがある。グローバリズムと格差・貧困・社会的排除との関連性について、生活環境のリスク構造と公共的福祉機能のあり方という方法次元を組み込むことが大切である。

3. 社会福祉における資源
 格差・貧困・社会的排除に個人の生活の論理の体系的な把握という視点からアプローチしようとすると、問題を補足・解析し、目標と手段をプログラミングし、問題解決行動を組織化する福祉臨床力の重要性が見えてくる。そうした臨床力は専門的能力を源泉とする。専門的能力こそ社会の基幹的な福祉的資源だとみなすこともできる。自立を求める主体と支援する主体との協働的なインターフェースの構図として福祉サービスを捉えると、サービス・エンジニアリングのスキルと知識は、それがどのような専門職名によって保有・実施され、あるいはどのような連携・統合のメカニズムで機能するかにかかわらず、個人のwellbeing実現にとって基本的な資源ということになる。また、個人の福祉的メリットの実現に留まらず、誰もがそうしたスキルと知識への機会を保障されることが社会的公正と厚生の源泉になるという意味でwellbeingを共有価値とする社会(Furedi の“Culture of Safety”)の構想にとっても基本資源であるということができる。
 また、基本的な福祉資源としての専門的能力という観点は、個人の責任の管轄範囲という切り口から政策カテゴリーの判別を強化すべく、ニード(処方論)に換えてリスク(予防論)へと流れる近年の福祉サービス・システム構想への批判的視座を含んでいる。
 専門職の専門的職務能力とその発揮の仕組みは、公共的福祉機能のあり方そのものである。グローバリズムのもとでの社会的統合性や公正性を担保する方法という次元の問題として、専門的能力のあり方問題を扱うことが大切である。 (付注は簡略にしてある)


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