大会企画シンポジウムシンポジスト 石河 久美子

多文化ソーシャルワーク ―理論と実践の発展に向けて―

石河 久美子(日本福祉大学)


   
1.「多文化ソーシャルワーク」が必要とされる背景
 グローバル化による人口移動の影響に伴い中国、ブラジル、フィリピン、ペルーなどの南米やアジアからのニューカマーは増加の一途を辿っている。これらのニューカマーは20代、30代に属するものが多く家族形成期にもあたり、日本で結婚、出産、子育てを経験する国際結婚家族や外国人家族が増えている。日本人と結婚して定住する、もしくは移住労働者として長期に滞在する「地域の生活者」としての外国人が増加しているのである。

日本人男性と結婚した外国人妻の中には、育児不安、夫や子どもとのコミュニケーションギャップ等の悩みを持つ者も多い。より深刻なケースとして、ドメスティック・バイオレンスや国際離婚のケースが増加している。南米からの移住労働者の家族では、日本語も母国語も不十分なダブルリミテッドの児童、不就学、不登校児童が増加している。昨今の雇用情勢の悪化は、家族機能のさらなる不安定化を招いている。

外国人の生活問題は多様化・複雑化・深刻化しているが、外国人が社会福祉の専門機関に支援を求めることは稀である。これは単に彼らの日本語力の不足や、日本の社会システムへの馴染みのなさによるものではない。日本社会支援者側の外国人も支援の対象であるという認識の不足、そもそも外国人の問題に専門的に対応出来るシステムが形成されていないことが大きい。

2.「多文化ソーシャルワーク」
 「多文化ソーシャルワーク」とは、「多様な文化的背景を持つクライエントに対するソーシャルワーク」、「クライエントとワーカーが異なる文化に属する援助関係において行われるソーシャルワーク」、「クライエントが自分の文化と異なる環境に移住、生活することにより生じる心理的・社会的問題に対応するソーシャルワーク」であるとここでは、定義する。例としては、農村に嫁いだアジア人女性が、日本の嫁になることを拡大家族から強要され適応困難に陥る、移住労働者の家族で、子どもの方が日本語力にすぐれ、日本の事情がわかるため親子の力関係が逆転し、親が子どもの非行化をコントロールできないケース等が考えられる。
「多文化ソーシャルワーク」の実践方法としてミクロ・メゾレベルとしては、1)クライエントの社会的・文化的背景の尊重、2)日本的価値観の物差しに気づく、3)クライエントの代弁者となる、4)適切な通訳の活用、5)ソーシャルネットワークの拡大等が挙げられる。これらの支援を可能にしていくための異文化対応の支援システムの構築に向けて、マクロレベルの支援として、1)多言語・多文化サービスシステムの充実化、2)日本語教育プログラムの拡充、3)サービス・組織としての外国人支援、4)行政職員・保健・医療・福祉専門職者に対する研修、5)市民向け異文化理解講座、6)外国人向け異文化理解講座、7)支援に繋がる実態調査の実施等が求められる。

3.「多文化ソーシャルワーカー」育成の必要性
 近年、外国人集住地域の現場支援者や国際交流協会を中心として「多文化ソーシャルワーカー」の必要性が指摘されるようになった。愛知県では2006年度より都道府県レベル初めての試みとして、「多文化ソーシャルワーカー養成講座」が実施され、修了生の中から県の「多文化ソーシャルワーカー」として正式に雇用されるものも出てきた。

「多文化ソーシャルワーカー」とは、外国人の多様な文化的・社会的背景を踏まえて彼らの相談にあたり、問題解決に向けて「ソーシャルワークの専門性」を踏まえて支援を行う外国人相談の担い手であるといえよう。2つのタイプが考えられ、1つは、当事者の言語・文化に属し、日本の文化や日本語にも精通するワーカーであり、もう1つのタイプは、日本人であるが、多様な文化的背景を持つ外国人の相談に対応できるワーカーである。

「多文化ソーシャルワーカー」に求められる能力のジェネリックな部分としては、ソーシャルワークの基本的な知識、技術・方法、価値が、スペシフィックな部分としては、多様な文化的背景を持つ外国人に支援者として対応できる力、文化的繊細さや柔軟さ、外国人の問題に関わる固有の知識等が挙げられる。

4.「多文化ソーシャルワーク」をめぐる社会福祉教育・研修、研究の課題
 外国人支援の現場に比して、社会福祉の領域では、「多文化ソーシャルワーク」や「多文化ソーシャルワーカー」の必要性の認識は立ち遅れているといわざるをえない。

外国人の問題は、通常の日本の社会福祉分野から切り離され、いわば日本の社会福祉から排除されてきた。しかし、外国人の問題は、今やあらゆる分野の社会福祉で取り上げられるべき状況になってきている。多問題を抱える家族も多く、「児童福祉」「女性福祉」「医療福祉」「地域福祉」と多分野にまたがる複合的支援も必要となる。従って、どの分野で働くソーシャルワーカーにも、多文化対応能力が求められている。
1)社会福祉教育の課題
 現時点での教育システムでは、学生が外国人の問題に触れる機会は皆無に近い。社会福祉士受験資格科目における多文化の問題の包含、多文化ソーシャルワークの選択講義科目や演習科目としての設置、大学教育を通して多文化ソーシャルワーカーを育成する可能性等が検討されるべきである。
2)社会福祉専門職者に対する現任研修の課題
 現場実践者が外国人もクライエントであるという認識を持ち、外国人のケースに効果的に対応できる知識や能力を獲得する必要がある。そのためにも、外国人の現状や在留資格等の外国人支援固有の知識提供と文化的繊細さを促す、偏見に気づくなどの異文化トレーニングを盛り込んだ研修の実施がシステム化される必要がある。
3)社会福祉研究上の課題
 社会福祉における外国人関連の研究は、現時点では非常に限られている。「多文化ソーシャルワーク」の理論と実践の発展に向けて研究上の課題は山積している。 


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