大会企画シンポジウムシンポジスト 朝倉 美江

「移民」の生活問題と多文化共生社会の形成における社会福祉の役割

朝倉 美江(金城学院大学)

                              
はじめに
 グローバル化の下、外国人労働者、研修・技能実習生などのニューカマー外国人が急増し、90年代半ば以降外国人の定住化と家族形成が進展している。さらに人口減少が進むなか外国人は単純労働力、看護・介護労働力、さらに過疎地の「花嫁」として私たちに身近な存在になりつつある。そのような状況のもと2008年秋以降の世界同時不況によって、日本の製造業を現場で支えてきた派遣の外国人労働者たち(その多くは日系ブラジル人)は、仕事の契約の打ち切りと同時に住まいも追われ、衣食住にも事欠く貧困に陥っている。「年越し派遣村」の取り組みは貧困を可視化したと言われるが、移民政策が不十分であることから外国人の問題はなお潜在化し、より深刻化しつつある。そしてその生活問題は「不安定定住」という特徴をもっている。トランスナショナルな移住者である日系ブラジル移民に対する社会福祉の役割と課題について問題提起したい。
 
1.グローバル化しつつある地域とフレキシブルな労働力としての外国人
 現在日本の外国人登録者数は、215万2,973人(2008年3月現在)にまで達し、総人口の1.69%を占め、10年前に比べ45.2%も増加している。近年の特徴は、韓国・朝鮮が減少しているのに対して、中国、ブラジル、フィリピン、ペルーが増加傾向にある。なかでも日系ブラジル人は、1990年以降日伯両国にまたがるデカセギ斡旋組織のネットワークの確立によって急増している。

1980年代後半、経済格差、円高等を背景に、製造業を中心としたいわゆる3K労働と言われる単純労働力不足の深刻さをきっかけとして、外国人労働者の流入がみられるようになってきた。しかし我が国の「移民政策」は、いわゆる単純労働者は導入しないという方針であり、そのもとで1990年に「入管法」が改正された。そこでは日系ブラジル人には「定住者」という在留資格が与えられ、「例外的に」単純労働者としての就労を認められたのである。その背景には1985年に「労働者派遣法」が成立し、2003年には製造業への派遣が解禁されたことがある。派遣労働とは「臨時的・一時的労働」であり、必要なときだけフレキシブルに使える労働力である。

2.日系ブラジル人の「不安定定住」という生活課題の特徴
 デカセギにきた日系ブラジル人は、「外国人労働者がそこに存在しつつも、社会生活を欠いているがゆえに地域社会から認知されない存在」であることにより彼らの定住は「顔の見えない定住化」(梶田)として捉えられている。「顔の見えない定住者」である日系ブラジル人は、まさにコミュニティから排除された存在であった。そしてかれらはフレキシブルな労働力として、雇用・医療・教育・住居等多様な生活問題を複合的に抱えている。

そのような日系ブラジル人の実態について、岐阜県の美濃加茂市・可児市で2008年4月に実施したアンケート調査(対象18歳以上、回収数151:回収率34.1%)によると年齢は3,40代が多く、滞在期間は10年以上が43.7%、自動車・電気等製造業が6割以上、間接雇用76.2%、民間アパート47.2%、派遣会社の寮32.5%であった。さらに生活上の心配(MA)は「仕事の継続」63名(41.7%)、「健康」54名(35.8%)、「収入」「老後」各53名(35.1%)、「ブラジルの家族」49名(32.5%)「家族の健康や将来」34名(21.2%)「子どもの進学・就職」32名(21.2%)であった。また日本社会に望むこと(MA)は、「日本人と同じ権利」112人(74.2%)「一人の人間としてのつきあい」93人(61.6%)などであった。定住化が進み、その生活課題は、雇用と住居が不安定であることとコミュニティでの人間関係が不安定になるということが不可分になっている「不安定定住」という特徴をもっている。その不安定性は国境をも超え、家族のあり方や地域の生活文化を含むアイデンティティに関わる生活・人生のあり方を問うようなものである。

3.トランスナショナルな移住と社会福祉の役割
 「移民」の生活問題の特徴は「不安定定住」にあるが、それはホスト国と母国とにまたがったトランスナショナルな移住であることからさらに深刻な問題であると位置づけられる。その生活は、言葉や文化、家族・親族のネットワークが複数国にまたがり、その生活基盤となる社会保障等も不安定化するという特徴がある。トランスナショナルな移住は、そのアイデンティティに関わる心理的な問題とともに市民権、生活権に課題をもち、貧困や社会的排除ともつながりやすい。

さらに「ブラジル人は、もっともむきだしの形で市場原理に翻弄されている」(樋口)と指摘されていたが、今まさにそれが現実となっている。今回の不況による緊急事態に対し、外国人集住都市は雇用創出、公営住宅の優先入居、岐阜県では外国人生徒への授業料免除を実施し、国際交流協会等も市やハローワークと協働して就職支援や日本語学習を行っている。さらにブラジル友の会などの当事者組織活動も活発になり、緊急支援物資の募集と配布によって年末の年越しができるような支援を迅速に展開した。一方国の緊急支援も2009年1月には内閣府「定住外国人施策推進室」が設置され、外国人集住地域での「ワンストップサービス」、「定住外国人子ども緊急支援プラン」、「日系人離職者に対する帰国支援事業」などを実施している。

これらの支援によって日本に滞在できている日系ブラジル人もいるとはいえ自治体、民間団体は貧困に陥った外国人への緊急対応に追われ、国は厚労省のとった政策が帰国支援であったことからも「不安定定住」への本格的な対応は見られない。今後は、長期滞在化している外国人を「移民」と捉え、その市民権を確保し、生活を総合的に支援する社会福祉政策が早急に検討される必要がある。

4.多文化共生社会の形成と社会福祉の課題
 グローバル化のなかで求められる多文化共生政策とは、文化、言葉、宗教の違いを認めあい、国籍の有無に止まらず、私たちの社会が一人ひとりを人間として平等に位置付けることをどのように担保するのかというものである。つまり一方に外国籍だからこそ非正規雇用でもいいという状態を放置したまま日本語学習の機会を与えればいいというような政策ではないということである。「移民」は日本での滞在が不安定なまま長期化するというプロセスのなかで、総合的に生活を支えられる「人間関係を強化することを意識したサービス提供」と「多文化を尊重した」支援(=多文化生活支援)が必要である。さらにその不安定な生活問題とは「いま」の課題であり、「臨床性」をもっていることに特徴がある。「不安定定住」で「臨床性」を特徴としてもっている問題を解決するためには、その不安定性に対応できる柔構造のシステムをつくることが求められる。

今後は、グローバル化を前提にさらに人口減少による労働力不足に本格的に対応する多文化共生社会の形成が求められる。そしてそこでは何よりマイノリティであり、貧困層に陥りつつある「移民」を市民として明確に位置づけ、複合化、深刻化している外国人の生活問題を早急に解決できる社会福祉政策と活動が求められている。そしてその政策や活動はトランスナショナルな移住を前提とした2国間、複数国間にまたがる多文化生活支援システムとして整備する必要がある。

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