在宅高齢者虐待事例への支援課題の検討
虐待事例と非虐待事例の施設入所相談の比較を通じて
○ 秋田看護福祉大学 工藤 英明(会員番号6148)
秋田看護福祉大学 児玉 寛子(会員番号4880)
秋田看護福祉大学 宮本 雅央(会員番号6674)
秋田看護福祉大学 出雲 祐二(会員番号2179)
キーワード: 《在宅高齢者虐待》 《施設入所相談》 《援助行動》
本研究は、虐待事例と非虐待事例の比較を通じ、介護者または高齢者からの施設入所相談と援助者の対応の実態 を捉え、在宅高齢者虐待の支援課題を検討することを目的とした。
2.研究の視点および方法本研究の分析データは、平成19年度に実施した虐待事例に関する調査及び平成20年度に実施した非虐待事例の調査か
ら得られた援助者に関するデータを用いた。この調査は、一つの事例に対して、援助者、介護者、高齢者の3者それぞれ
の調査票を用い、虐待事例については平成20年1月18日から、非虐待事例については平成20年8月1日からそれぞれ約1ヶ月
間で実施した。非虐待事例調査では、虐待事例の家族構成、要介護度、認知症程度の3項目をコントロールし、いずれも
東北地方2県の居宅介護支援事業所及び地域包括支援センターに対して実施した。
分析対象は159事例であり、分析は虐待の有無と1)施設入所相談の有無、2)援助者の援助行動4項目(空床探し、施設
への入所打診、施設見学支援、入所申込支援)の実態、3) 援助結果2項目(施設の満床で入所断念、家族・本人の経済的理
由による入所断念)とのクロス表を作成しχ2検定を行った。また、虐待事例及び非虐待事例における施設入所相談と援助
行動について検討した。
報告者の所属機関における倫理審査を経たうえで、書面による説明と文書による同意を得、無記名で調査を実施した。
4.研 究 結 果1)虐待事例(n=82)と非虐待事例(n=77)の施設入所相談
159事例のうち虐待事例は82事例、非虐待事例は77事例であった。施設入所相談を受けた事例は、虐待事例では31事 例(37.8%)、非虐待事例では、77事例のうち28事例(36.4%)であり虐待事例と非虐待事例に大きな違いがなく同程度の相談 事例が認められた。
2)虐待事例と非虐待事例の施設入所への援助行動
施設入所の相談を受けた虐待31事例(37.8%)の内訳は、15事例(18.3%)で援助者が空床を探し、18事例(21.9%)で施設 に入所を打診し、13事例(15.9%)で施設見学を実施していた。施設入所の申し込み支援を行った事例は17事例(20.7%)であ った。
しかしながら、施設入所の相談を受けていない虐待51事例(62.2%)では、施設へ入所打診を行った事例が19事例(23.2%) 、利用者や家族を施設見学まで支援した事例が7事例(8.5%)、入所申し込みまで至った事例は11事例(13.4%)認められた。
施設入所相談を受けた非虐待28事例(36.4%)の内訳については、13事例(16.9%)で援助者が空床を探し、11事例(14.3%) で施設に入所を打診し、4事例(5.2%)で施設見学を支援し、施設入所の申し込み支援まで至った事例は12事例(15.6%)であ った。
一方施設入所相談を受けなかった非虐待49事例(63.6%)では、施設への入所打診、施設見学の支援、事前に経済的理由 で断念した事例についてともに1事例存在した。
虐待事例で施設入所相談を受けていない場合にも、施設への入所打診や見学、入所申込支援は、入所相談があった場合 と同様の援助傾向が示された。
3) 虐待事例と非虐待事例の施設入所への援助結果
入所相談を受けた虐待31事例(37.8%)のうち、申し込みまで至らず援助過程で施設入所を断念した事例は14事例(17.1%) 存在した。さらに、入所申込まで至った17事例(20.1%)は、すべて施設の空床または空床の見込みがないことや、虐待者・ 被虐待者側の経済的負担が困難で入所を断念していた。一方、入所相談を受けていない場合では、入所申込支援まで至った 11事例(13.4%)はすべて施設側の空床なしや空床の見込みなしの理由で断られるか、虐待者・被虐待者側の経済的理由で施 設入所を断念していた。
施設入所相談を受け入所申込支援まで至った非虐待12事例(15.6%)のうち、空床なしまたは空床の見込みなしでの理由 で断られるか、介護者・高齢者の経済的理由で施設入所を断念した事例は8事例(10.4%)であり、4事例が待機扱いとなって いた。
以上のことから、虐待事例では非虐待事例に比較し、援助者は施設入所相談を受けなくても、状況の改善をはかるため 、空床探しや施設見学、入所申込支援など積極的な支援を行っていたことが示されたと同時に、虐待者や被虐待者である家 族や利用者は、実際には施設整備の未充足や経済的事情が現状改善の妨げとなっていた。また、援助結果としては、虐待事 例がより現状の改善が求められるものの、非虐待事例より状況改善に結びつきにくいことが明らかになった。
本研究の結果からは、援助者が虐待と認識し施設入所の必要性を判断したとしても、実際受け入れられないという課題 が明らかになり、慢性的な虐待が在宅で継続する可能性が示唆された。
(本研究は、文部科学省補助金基盤(C)H19-21「高齢者虐待をめぐる予防・介入アプローチのメカニズム解明(代表児玉寛子 )」の研究成果の一部である。)