バークレーだけがCILじゃない
-自立生活運動は「自己決定が困難なケース」を排除したと言えるのか?-
関西学院大学 杉野 昭博 (会員番号1820)
キーワード: 《地域移行》 《自立生活運動》 《知的障害》
知的障害や精神障害のある人たちの「地域移行」が政策および実践両面における重要な課題の一つとして意識されるにつれ
て、これらの人たちの「地域移行」を支援するための実践的な研究が盛んになり、近年は、優れた研究も数多く発表されている。
ところで、これらの研究においては、多かれ少なかれ、身体障害のある人たちによる「自立生活運動」の実践が、「地域
移行」の先駆的事例として意識されている。現在、知的障害や精神障害のある人たちの地域移行支援を研究している人たちの間
では、「障害者自立生活運動」の実践は高く評価するが、その実践を「自己決定が困難なケース」にも適用することには限界が
あるという認識が共有されているように思う。
地域移行支援において、身体障害、知的障害、精神障害といった障害種別に、あるいは、ひとりひとりのサービスユーザー
ごとに、固有の課題があることは否定しない。しかし、サービスユーザーの「自己決定」を支援者や介助者がどこまで尊重す
べきなのかという「自己決定のジレンマ問題」は、けっして、知的障害と精神障害に固有の問題ではなく、身体障害において
も存在する問題であり、過去に議論されてきた課題でもある。
一方、日本の社会福祉関係者の間では、「身体障害のある人の支援は自己決定を100%尊重して不都合はないが、知的障害
や精神障害の場合はそれが困難である」という偏った認識が定着しているようにも見受けられる。もしも、そうした認識の偏り
があるとすれば、その背景として、日本では「障害者自立生活運動」の事例として、バークレーCILの実践、具体的には「パ
ースナル・アテンダンド方式」が繰り返し紹介されたことが影響していると考えられる。
本研究では、アメリカにおける自立生活運動そのものが多様性をもっていたという歴史的事実を再確認したい。バークレー
CILは、アメリカのCIL運動において重要な位置を占めてはいるが、それがアメリカのCIL運動の「すべて」を代表する
ものではない。アメリカのCILには、もう少し「自己決定が困難なケース」にも対応できるような多様な実践があると考えら
れる。しかし、バークレーCIL以外の実践活動は日本では今日にいたるまで充分には紹介されていない。
一方、日本の1970年代の障害者解放運動や1980年代以降の自立生活運動においても、「自己決定のジレンマ問題」は存在
している。そうした実例をいくつか素描して、知的障害や精神障害における「自己決定」のジレンマ問題が、基本的には身体
障害研究とも共有されるべき課題であることを示したい。そうした視点を提示することによって、近年の「地域移行」研究が
、障害種別の領域内に限定されるのではなく、身体障害領域における自立生活研究にも刺激を与えるようなかたちで展開され
る可能性をひらきたい。
近年の「地域移行研究」の一例として、寺本晃久・岡部耕輔・末永弘・岩橋誠治著『良い支援?―知的障害/自閉の人た ちの自立生活と支援』(2008、生活書院)を取り上げ、同書における「自立生活運動」についての認識を紹介する。つづいて 、アメリカと日本の文献から、自立生活運動の多様性や、自己決定のジレンマ問題の実例を紹介する。さらに、「偏った自立 生活運動理解」が日本で浸透することになった背景として、過去の障害者福祉研究をいくつか俎上にのせたい。
3.倫理的配慮日本社会福祉学会研究倫理指針を遵守する。
4.研 究 結 果「地域移行」研究において、「自己決定のジレンマ問題」を「障害種別」とリンクさせて議論することは、必ずしも 事実を正確に反映した認識とはいえないし、研究の将来的発展を考えれば、実りある方向とは考えにくい。