母親の語り分析にみる産み育て支援の課題
○ 滋賀県立大学 古川 洋子 (会員番号7413)
龍谷大学 金子 龍太郎 (会員番号3421)
キーワード: 《母親の語り》 《産み育て支援》 《支援システム》
日本社会においては依然として、どの女性も本能的な母性を持っていて、すべての母親が問題なく育児を行えるという
根強い信仰があり、育児を適切に行えない女性は母親失格だとして、育児責任をすべて母親に押しつける風潮が残存して
いる。そうした家族や社会の中で女性たちは苦しんでいるのである。それに対して、日本政府が展開している一連の少子
化対策は、産前と産後が分断されていて、産み育てる女性の立場に沿ったものとはいえず、妊娠期から抱き続ける不安や
孤独の解消には結びついていないと思われる。母親達がおかれている現実をみると、相談や育児代替の支援者に欠き、孤
独な育児環境の中で不安を増大させていて、産み育て期の母親が安心できる環境とはいえない。政府の少子化対策は、出
生数の増加が主要な目的となっているため、「産み育てという日常的な営みそのもの」に対する支援への対応に乏しいと
指摘できよう。
本研究の目的は、産み育て体験をした女性たちに対するインタビュー調査から得られた資料をもとに、産み育て支援
における課題を検証して、支援システム構築につなげることにある。そのため、女性たちの語り内容を分析して、産み育
て期の母親たちがどのような支援を求めているのかその内容を明らかにするものである。
高度に専門化した近代医学の中で営まれる出産前後の治療や対応は、母子の生命を守ることを優先するあまり、産前と
産後で一貫した支援が分断されたなかで、母親に対する継続的な支援体制がない上に、家庭や社会からの支援も乏しい現
状にある。そこで、母親に寄り添った支援を考えていくには、当事者の語りを分析することが重要と考えた。対象は、妊
娠から出産、子育てを経験した女性35名であり、対象の女性たちに妊娠、出産そして育児期を通した心境と支援者につい
て自由に語ってもらった。インタビューでは、対象者の基本的属性について聞き取りをした後に、妊娠期から育児期1年
程度を目安に語ってもらった。インタビュー時間は、30分程度を予定し、その内容はICレコーダーに保存をおこなった。
聞き取り調査場所については、面接予約時に、場所の選択決定を依頼した。対象者の自宅にておこなう場合は、身体
的、精神的負担が加わらないよう配慮をおこない、日常生活を優先し、対象の指定時間に調査者が出向いた。公的な場所
を選択した場合は、静かな場所にておこなった。
本研究の倫理上の配慮については、ネットワーク標本抽出法を用い、研究者および助産師ネットワークより女性に研究 趣旨を直接説明し、同意を得た。研究同意に関し、研究依頼説明文を紙面で示し、同意の得られた後、調査協力者からの 文書署名にて最終同意とした。署名文書は複写をとり、研究者・研究協力者ともに保存とした。得られたデータは、厳重 に保管すること、研究終了後は安全に破棄することへの同意も得た。学術研究として結果の公表に当たる際には、調査協 力者個人が特定されないことを約束し、了承を得た。公共的な場所での聞き取りでは、プライバシーには十分配慮し、 なるべく第三者の介入が無い場所を選択し、子ども同伴の場合は、託児担当者に同行してもらい、託児できるよう配慮し た。
4.研 究 結 果女性からのインタビューで得られた内容を、逐語録にした。文脈から支援者について語られている内容コードを抽出し
、意味を成す最小の記録単位とし、各記録単位を意味内容の類似性に従い分類を進め、コード化の作成をおこない、コー
ド化からカテゴリーに分類した。その結果、産み育て期の支援構造は、【母親自身に関する支援】、【夫からの支援】、
【実母からの支援】、【実母以外の家族や親族からの支援】、【友人や近所からの支援】、【専門職からの支援】という
6つのコアカテゴリーに分類できた。支援者に関しては、実母や家族を主要支援者としたパーソナル・ネットワークを中
心に支援体制が構築されていた。特に、母親は夫や実母を頼ろうとしている傾向があり、「今までの関係性(母・娘)か
ら実母にはなかなかいえない」など、頼れない場合は苦慮を訴えていた。夫に対しては、「つわりの苦しさがわかってく
れない」、「仕事があるから迷惑はかけたくない」など、夫の妊娠中の妻に対する理解不足や妻が感じる夫自身の就業へ
の気遣いから生じる苦慮状態が特徴的であった。また、専門職者からの支援については、特別な一時的なこと(病気や異
常時など)への支援体制としてとらえていた。
こうした結果から、継続した支援システムを体系化する必要性が示唆された。すなわち、行政や専門医療機関が主導
する援助者主体のシステムは効率性や運営上重要であるが、それに加えて利用者主体の、専門家によらない継続した支援
システムの構築が重要であると思われる。報告では、具体的な支援システムを提案したい。