ポスターセッション方法・児童・女性  森 和子

家庭的養護で生活する意義に関する一考察
―里子と8歳で別れ19年後に再会した里母の事例より―

文京学院大学  森 和子 (会員番号4390)
キーワード: 《里親委託》 《家庭生活》 《親子関係》

1.研 究 目 的

児童相談所で受け付けられた養護相談のうち1割以上は親の元に戻る事ができず、社会的養護を受ける。これらの要 保護児童のうち約9割は施設養護に、1割弱の子どもは里親などの家庭的養護に生活の基盤を移す。里親制度とは家庭で 育てられない18歳未満の子どもに新しい家庭と家族を与え、子どもを健やかに育てようとする制度である。里親の役割 は、子どもとの信頼関係を形成し、子どもに親や過程のモデルを学ぶ機会を与える事である。実際に里親に委託される 子どもの多くは生みの親に依存すべき時に十分依存できず、親との愛着関係を築けなかった子どもたちである。里親に とって、長期間施設で育った児童や虐待などで心に傷を負った児童を育てるのは一般より育児の負担が大きいといわれ ている。
  要保護児童が里親委託により家族の一員となり、親子関係が形成されるまでには、通常「見せかけの時期」「試し の時期」の段階を経て「親子関係成立の時期」を迎える事ができるといわれている(岩崎,1998)。「見せかけの時期」 は、里親が本当に自分のことを受け入れてくれるのか見ている時期で子どもは良い子をしている。里親が受け入れて くれる人だとわかると、数日して「試しの時期」に入り、それまでできていた事をことごとく放棄して、手のかかる、 言う事を聞かない子どもに変わっていく。子どもの表わすそれらの試し行動を受け入れているうちに親子関係が出来 上がっていくという。里親にとって「試しの時期」が試練の時となる。「試しの時期」に親子関係を築くことができ ずに、実親に続き里親との別れも経験する子どもがいる。大阪府の調査では、昭和52年から61年度末までの間に里親 委託した子どものうち養子縁組前提の里親との親子関係不調により解除されたケースは全体の11%いう結果がでてい る(大阪府児童相談所,1989)。神奈川県では、委託児童全体の18.6%という結果であった(渡辺,1995)。里親 委託が不調となり里子を施設に返したことを悔やみ、長期間にわたって罪の意識を持ち続ける里親が少なからずいる 事がわかった(森,2003)。当時は里親委託解除後の里親の心の傷に対してアフターケアの必要性はほとんど認識 されていなかった。また里親が元里子の情報を知る機会は保障されていない。そこで本研究は、短期間であっても 家族として生活した事が里親と里子の双方にどのような意義をもたらしたのかを解除されてから長期間隔てた視点 から考察する事を目的とする。

2.研究の視点および方法

里親制度は家庭的養護として今日の要保護児童対策において重要な役割を担ってきた。本研究では里親制度が里親と 保護が必要な子どもにとってどのような意義をもつものなのかを考察したいと考えた。不調となった元里子と里親に とって共に生活した経験が別れてからどのように認識されていったかを長期的視点から明らかにすることにした。そこで 親子関係を築くことができず里子を施設に返したことのある1名の里母を調査対象とした。第1次調査は2003年4月に2回 実施し(各2時間)、里子を委託してから解除するまでの3年間の経過を聴取した。第2次調査は2006年11月と2007年3月に (1時間30分と2時間30分)インタビューを実施した。第2次調査は、里母と元里子との19年ぶりの再会があった後に実施 し、元里子が里母と別れてからの19年間の経過と里母の心理的変化を聴取した。インタビュー調査はライフストーリー ・インタビューを手法とした主観的に表現された語りから自由に語ってもらう半構造化面接で行った。

3.倫理的配慮

インタビュー調査の実施にあたっては、研究目的、方法などを調査協力者に説明した上で、文書による同意を得た。調査 に関しては、日本社会福祉学会研究倫理指針を遵守して行った。プライバシーを守るために個人が特定されないようデータ には若干の修正を加えてある。調査協力者には事前に原稿を見てもらって内容の確認と修正の承諾を得ている。

4.研 究 結 果

里母の語りを時系列に並べると11個の人生の転機となる大項目があり、それらの中に合わせて34個の小項目が抽出 された。「里子としての経過」「里親としての経過」「里親家族としての経過」の3つの視点からそれぞれにもたらさ れた意義の分析を試みた。
① 家族として生活した経験が元里子に与えた意義
  元里子の激しい言動は、愛着障害から引き起こされる問題行動とは、委託当時は認識されておらず、里母は受け 止められなかった。里母は、元里子を施設に戻した苦しみが続いていたが、19年ぶりに再会したことにより元里子の 思いを知ることができた。里親家庭で生活していた時期は、元里子にとって人生の中で最良の時であり、里母は元里 子にとってはずっと母であり迎えにくるのを待っていたということであった。委託が解除されてから19年間表面的に は交流がなかったにもかかわらず、元里子にとって精神的には里母とは親子としての関係が継続していた。そして 里親家庭で共に生きた経験が元里子のその後の人生を支えていたことがわかった。
② 里母としてのアイデンティティの発達
  里母は一生の仕事として里親を選択し、元里子との苦しい別れを経験しながらも里親であり続けた。その後も 数多くの里子を育てている。岡本は、女性の成人期のアイデンティティ発達には、「個としてのアイデンティティ」 と「関係性にもとづくアイデンティティ」が等しい重み付けをもって発達していく(岡本,1997)という。里母と しての「個としてのアイデンティティ」がもっと里子のために役に立ちたいという「関係性にもとづくアイデンテ ィティ」とともに不調の苦しみを通して発達していた。元里子との再会により元里子への罪悪感の苦しみから救われ 、さらに里親としての学びを深め成長することにもつながっていった。
③家庭生活を奪われた子どもと家族になって次の世代を育てる里親
  一般の家族はほぼライフコースに沿って人生が進む。それに対し、里親家族は里子が委託されてからの生活は時に 中断したり、中高年になってからも乳幼児の委託があったり、単純に進んでいかない。「児童のニーズが先にあり、 そのニーズにこたえるための里親制度」(鈴木,2007)だからである。里親養育は生みの親との家庭生活を奪われた 子どもと家族になって次の世代を育てるという長期的な視点と決意をもって子どもと生活をともにしていることが示 唆された。
  本研究から家庭的養護で生活する意義として以上の3つの点を見出す事ができた。

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