2009年財政検証による基礎年金制度の給付水準と改革の方向
-漸進的制度変化類型に依って-
立命館大学・産業社会学部 鎮目 真人 (会員番号2427)
キーワード: 《財政検証》 《基礎年金》 《新制度論》
本研究は、漸進的な制度変化に関する分析枠組みを用いて、2009年の財政検証の影響を特に基礎年金制度に焦点を 当てて考察することを目的とするものである。
2.研究の視点および方法制度変化を捉える枠組みとしては、ホール(Hall)による、政策手段とその目的とを峻別して変化の性質をとら
える方法(Hall 1993)やHackerによる、公的な制度改革に対する障壁の程度(拒否点を行使するプレイヤーの多寡)と
制度の内在的改革に対する障壁の程度(政策の自由裁量の余地と政策への支持の強弱)に応じて制度変化を類型化する
方法が重要である(Hacker:2004)。両者による制度変化の類型化を重ね合わせると、経路依存的変化の一形態である
ロック・インとは別の制度変化を図のようにあらわすことができる(鎮目 2009)。ここで、「ビックバン」としてい
るのは制度の目的と制度手段を変える大きな変化を意味する。「代替」とは制度自体を大きく改革するが、政策目的
に変化はないため、制度の基本的な性質は維持される。「転換」は、制度自体の変化はないため大きな改革は伴わ
ないが、その目的が変わるため制度の基本性格は変化する。この場合、既存の制度が持っていた目的は階層化過程を
通じて別の新たな制度によって担われる可能性もある。「放置」は既存の環境変化に制度を適応させないため、経路
依存の条件である収穫逓増は満たせずに収穫逓減となり、環境変化に適応した新たな制度が付け加わる可能性が高い。
学会の研究倫理方針に基づき、研究を遂行した。
4.研 究 結 果2009年財政検証で、基礎年金の給付水準は、2004年年金改革と比べて、更に落ち込むことが明らかになった。最終
的な姿として提示されている2050年時点でみると、基礎年金給付の対現役男子手取り収入比は2004年年金改正時の14.2%
から13.4%に減少し、モデル年金に占める基礎年金の割合は28.3%から26.8%に減少する(厚生労働省 2009)。これは、
厚生年金の報酬比例部分の所得代替率が2004年改正で21.8%だったものが23.3%に上がり、モデル年金に占める報酬比
例部分の割合が43.4%から46.5%に上昇するのと対照的である。これらの結果、モデル年金を所得階層別にみると、低
所得者ほど所得代替率の減少幅が大きくなっている。
こうした結果が生じる理由は、財政検証による給付改定では100年を単位として財政収支の均衡を図るように給付
水準が決められる構造になっているからである。経済の停滞による賃金の伸びの鈍化に応じて報酬比例部分の年金額も
減るが、基礎年金にはそうした仕組みが働かないため、マクロスライドによる調整期間が厚生年金に比べて基礎年金で
は長く適用され、その結果給付削減幅が大きくなる(調整期間は厚生年金では2019年度までであるのに対し、基礎年金
では2038年度まで)。これは、別言すれば基礎年金では、2004年改革において給付のベンチマークが示されず、厚生年
金と同様に財政状況に応じて機械的に給付削減がなされる仕組みが2009年改革でも踏襲されていることを意味する
(鎮目2006)。
こうした2004年から2009年までの一連の改革はマクロスライド方式の適用による給付削減というパラメトリックな
改革であるが、最終的に基礎年金における老後の基礎的生活保障という目的は完全に放棄される可能性が高い。その意
味で、上記の制度変化類型に即して言えば、基礎年金では「転換」改革が進行中であるといえ、イギリスの基礎年金の
ように低所得者に対するミーンズ・テスト付の補足的年金と組み合わせられることによって、基礎的生活、あるいは、
最低生活の保障を行う制度に変質する恐れが大きいだろう。
参考文献
Hacker Jacob S.2004. "Privatizing Risk without Privatizing the Welfare State: The Hidden Politics of
Social Policy Retrenchment in the United States.", American Political Science Review, 98: 243-260.
Hall,Peter A.1993.Policy Paradigms,Social Learning,and the State.Comparative Politics. April.pp.275-296.
厚生労働省(2009)「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し(概要)―平成21年財政検証結果―」.
鎮目真人(2009)「経済のグローバル化、人口高齢化と年金制度改革―社会民主主義レジームの年金脱貧困化の動向―」
,下平好博、三重野卓編『グローバル化のなかの福祉社会』,ミネルヴァ書房.
鎮目真人(2006)「国民年金制度と基礎的生活保障―2004年公的年金改革による生活保障のゆくえ―」,『社会福祉学』,
Vol.47,No.1
(本研究は、平成18-21年度日本学術振興会科学研究費補助金、基盤研究(C)「公的年金制度による脱貧困化に関する
研究」(課題番号18530463)による研究成果の一部である)