介護職員の職場環境に対する意識と施設運営の課題
-介護老人福祉・保健施設職員による自由回答の結果から-
順天堂大学 中野 隆之 (会員番号3718)
キーワード: 《介護職員》 《施設運営》 《職場定着》
介護福祉の現場における深刻な人手不足は,施設運営上の大きな問題となっておりマスコミで大きく取り上げられるなど
現在社会的にも注目されている.特に最近の雇用情勢の急激な悪化のなかで新たな雇用の受け皿として,人手不足に悩む介
護福祉の分野が注目されるほどまでになっている.今後とも増加し多様化していく介護ニーズに対応するためにも,施設や
設備の量的・質的充実とともに介護サービスの直接の担い手である介護職員の確保つまり職場定着がますます大きな課題と
なっていくであろう.
組織における労働者の離職意思または離職行動と職務満足との関係については古くから研究がなされているが(March
and Simon,1958),介護職員に関する最近の研究でも離職願望と職務満足の関係については負の相関があることが報告され
ている(Castle,et.al,2007).また我が国では介護職員の満足度が離職意向に影響を及ぼすとする研究がある(冷水ほか
1985).
本研究においては保健福祉施設で介護に従事する職員のなかからとくに職務に不満を感じている者が自分の働く職場
の環境についてどのようにとらえているのかを明らかにし,今後の職場定着問題を検討するうえで有用な情報を提供するこ
とを目的とするものである.
自由回答形式による調査方法を採用した.自由回答法による調査によれば,あらかじめ用意された選択肢のなかから
回答を選ばせる選択肢法とは異なり回答者の生の声を聞くことが出来るからであった.
2003年6月上旬から7月中旬の間,全国に所在する入所型の高齢者保健福祉施設(特別養護老人ホームおよび老人保健
施設)において直接介護を担当する職員(介護職員)を対象に質問紙法による郵送調査を実施した.利用者定員100人を
基準として全国47都道府県について地域的な偏りが生じないように施設を選定し,各施設をとおして介護職員に調査票を
配布し,回答後直接筆者あてに送付してもらった.
そして調査対象者のうち25.2%にあたる604人から有効回答を得たが,このうち,全体的職務満足に関する質問項目の
5段階評定において「不満」および「やや不満」を選択した回答者157名のうち,自由回答欄に有効な回答をおこなった
96名を本調査の分析対象とした.なお,分析対象者の属性についてみると,性別は男性が13名,女性が83名,特別養護老
人ホーム勤務が39名,老人保健施設勤務が57名であった.また平均年齢は32.2歳(S.D.=10.3)であった.
調査内容は自由回答法によるもので「職場で仕事をおこなうにあたって日頃強くお感じになっていることは何でしょ
うか.何でも結構ですからご記入ください.」という質問項目を1つ設定したものである.
回答を依頼するに当たって,データは研究目的以外の目的には使用しないこと,および得られたデータはすべて統計 的に処理するので回答者の名前や職場名が表面にでないことを説明した.また回答は回答者が自ら返信用封筒に封入のう え直接筆者あてに送付してもらうように依頼した.
4.研 究 結 果(結果)
分析の結果,全部で139項目の記述が得られ,これを分類して整理すると,回答数の多いものから順に「仕事の負荷」 ,「他職員とのコンフリクト」,「賃金」,「施設の管理・運営方針」,「施設の設備」,「労働条件全体」,「昇進」の 7つのカテゴリーに分類できたが,このうち「仕事の負荷」および「他職員とのコンフリクト」という2カテゴリーに,全 体の8割以上が集中した結果となった.そして,「仕事の負荷」カテゴリーは「職員の数」,「利用者」,「私生活」,「 時間的余裕感」,「疲労感・労働意欲」,「残業」,「その他」といったサブカテゴリーから構成することができた.また 「他職員とのコンフリクト」カテゴリーは「対上司」,「対同僚」,「対他職種」の3つのサブカテゴリーから構成するこ とができた.
(考察)
自由回答形式の特性から,多肢選択式による設問形式では得られないような,職場環境に関するさまざまな具体的記述 を得ることができた.
今回の調査で得られた回答のうち大きな割合を占めることとなった「仕事の負荷」および「他職員とのコンフリクト」 という2カテゴリーは,いずれも従来からストレッサー因子として指摘されているものであり(矢富ほか1991),今回の対 象者のような,職務に何らかの不満を抱く者にもそれらストレッサーが多く存在していた.介護職員の人手不足要因として 介護職員の低賃金が取り上げられ,介護施設の管理運営部門においては本年4月に実施された介護報酬の改定分などを原 資として賃金引き上げをおこなう動きが知られている.しかし,職員の不満を減らし,組織への参加継続意欲=職場定着意 識を維持するためには,賃金だけではなく職場での人間関係や介護負担感の改善をはかるための積極的方策も併せて求めら れよう.