消費者運動家・高田ユリの大学院進学を動機づけたもの
-ソーシャルワーカーのリカレント教育への示唆として-
新潟医療福祉大学 横山 豊治 (会員番号3511)
キーワード: 《リカレント教育》 《自己教育》 《ライフヒストリー》
対人援助専門職であるソーシャルワーカーには生涯にわたる自己研鑽への努力が望まれるが、2007年の法改正で「資質向
上の責務」(法第47条の2)が社会福祉士及び介護福祉士法に追加され、国家資格を持つソーシャルワーカーには法律上の努力
義務となった。自己研鑽の方法は多様であり、専門職団体が設ける生涯研修制度でも、日本社会福祉士会を例にとれば、「集合
研修」「実習研修」「グループ研修」「自己研修」といった研修形態ごとの区分を設定し、「自己研修」の中では「大学院での
研究活動」も例示されている。(日本社会福祉士会生涯研修制度基本要綱第16条)この「大学院での研究活動」は、有職者の自
己研鑽の方法としては特定の時期に集中的に時間・労力・経費を費やす必要があるという点で、特に強い動機づけが各人に働い
て条件整備を含めた努力が促されるものと考えられる。
一方、近年、福祉系大学では地方大学も含めて大学院を有するところが多くなり、日本社会福祉教育学校連盟加盟校の4年
制大学148校のうち、6割にあたる91校で修士課程が設けられ(2008年度末)、リカレント型の社会人院生を積極的に受け入れる
大学院もあるものの、同連盟の大学院教育検討委員会が「受験生の減少と入学定員の不充足」を検討課題に挙げている状況である
。注1)
大学院でのリカレント教育がソーシャルワーカーの生涯研修に一層活かされる方途を探る上で、社会人が大学院進学を決意し
た動機を実例から丁寧に汲み取ることが示唆をもたらすものと考えられる。そこで、大学院進学に至る経緯に関する研究の一環
として、ひとりの消費者運動家のライフヒストリーの中から、「なぜ大学院で学ぼうとしたのか」を探り、その動機と背景に
ついてソーシャルワークに照応させながら検討を試みることとした。
第一次資料の文献に記述された文字情報に基づく事例研究であり、公にされた個人史の中から大学院進学の経緯に関する
データを抽出し、「大学院におけるソーシャルワーカーのリカレント教育の促進に向けた他分野の参考事例」という視点から
検討を加えた。
対象文献は、『消費者運動に科学を-高田ユリの足あと-』(高田ユリ写真集編集委員会編.ドメス出版.2009年)
注2)。同書に示される事例を選択した理由は次のとおりである。
①学部レベルの教育を受けた後、社会人経験を経て大学院に入学した事例であること
②職業人生と生涯にわたる社会活動の実践が個人の中で密接に結びついていること
対象者は故人であるため本人の同意は得られないが、公刊された文献資料に依拠する事例研究であるため、その出典を 明記した。なお、本研究は「社会福祉士の生涯研修の現状と課題に関する研究-大学院でのリカレント研修を中心に-」と いう題目で新潟医療福祉大学倫理委員会の倫理審査を受け、承認された研究の一環として行ったものである。
4.研 究 結 果1)事例のプロフィール
1916(大正5)年、新潟県佐渡市生まれの消費者運動家。共立女子薬学専門学校(後の共立薬科大学、現慶應義塾大学 薬学部)卒後、同校の助手、助教授を経て、1950(昭和25)年より主婦連合会日用品審査部の専門委員。同会の審査部長、 副会長等を経て会長。科学的な商品テストにより、有害不良商品の排除に取り組む。1995(平成7)年、早稲田大学大学院 法学研究科修士課程に入学(79歳)。2003(平成15)年、87歳で死去。
2)職業生活と生涯にわたる社会活動
職業人としてのスタートは、旧制専門学校で学んだ薬学・衛生裁判化学に関する専門知識を活かした大学教員であった が、研究室の戦時体制化と健康上の理由から教職を離れ、数年間の専業主婦生活を経て、34歳で民間団体の専任研究員とな る。生産性重視の国策の下、消費者保護の制度や機関がない時代に各種の食品や日用品の安全性を科学的に検証し、有害な 商品の追放、改善に向けて行政や司法に働きかける消費者運動を技術面で牽引するとともに、各種の審議会等に消費者代表 委員として参画し、消費者保護政策の推進に寄与した。その生涯は「消費者主権を目指す科学者の良心による闘いであった 」(青山三千子)と言われており、社会福祉分野に置き換えれば、「当事者主権を目指すソーシャルワーカー」「利用者の 権利を擁護し、科学的根拠に基づいて個別援助から制度改善・開発に向けたソーシャルアクションまで担うソーシャルワー カー」に通じる生き方であった。
3)大学院入学の動機と背景
79歳で入学した大学院は早稲田大学大学院法学研究科であり、同大で前年から年度ごとに特定テーマに基づいて設け られるようになった社会人入試制度が、1995年度に「環境問題と法」をテーマとして実施されたのを受験したものであっ た。直接的には、消費者運動の後輩が前年に同大の大学院で学び始めたことが刺激となって「私も行きたい」という動機 につながったが、本人にとっての大学院進学には次のような意味を見出すことができる。
①それまで35年にわたり心血を注いで取り組んできた消費者運動も、始めたきっかけは当時の代表者(主婦連初代会 長)からの招請によるもので、「自分で決めたというより、他人や環境にされるままに生きてきた感じがする。今回は初 めて自分の意思で進む道」と、主体的な進路選択、自己実現への欲求が大学院受験という行動の根底に内在していた。
②57歳の頃、取り組んでいたジュース成分の不当表示をめぐる訴訟で敗訴し、消費者の声が行政に届かないことへの 無念さを感じた経験が、自身の人生の中で未解決の課題として残っており、いわば積年の懸案を解決したいという強い問 題意識が「消費者の生活を守る武器としての法律」(細川幸一)について研究したいという向学心の原動力になった。
4)まとめ
消費者保護の立場から人の生活を守ることをミッションとして働いた高田ユリの人生は、社会福祉の立場から人の生活 を支援するソーシャルワーカーのあり様にも通じるところがあり、社会経験の中から芽生えた自己教育のテーマを探究しよ うとする者にとって、大学院は自ら選び取った生き方を叶える場としての意味を持ち得ることが示唆された。
注1)(社)日本社会福祉教育学校連盟・(社)日本社会福祉士養成校協会・日本精神保健福祉士養成校協会『2008年度 全国社会福祉教育セミナー』(2008年11月),p.195
注2)編集委員会の委員は青山三千子・小澤武信・勝部三枝子・清水鳩子・細川幸一・松田宣子