ポスターセッション国際・医療・実習  宮本 義信

台湾における「老人住宅」の傾向と「社会工作師」の課題について

同志社女子大学  宮本 義信 (会員番号1188)
キーワード: 《台湾の高齢者福祉》 《老人住宅》 《社会工作師》

1.研 究 目 的

第一に、台湾における「老人住宅(senior citizen's housing)」及び「社会工作師(licensed social worker)」の概念を 明確にし、第二に、大企業集団が「銀髪産業」の一環として展開する「老人住宅」に焦点を絞り、その今日的な傾向及びそこで 働く「社会工作師」の当面の課題について考察する。

2.研究の視点および方法

政府による「銀髪産業」の施政計画が、「老人住宅」の経営主体に広範かつ重大な影響を及ぼす。と同時に、それが最前線で 働く「社会工作師」の専門的性質や業務内容を規定する。この現状を明らかにするため、台湾を代表する二つの「老人住宅」、 すなわち、「長庚養生文化村」(桃園県亀山郷)及び「潤福生活新象」(台北県淡水鎮)において、実地踏査を継続している。 本研究は、その調査結果の報告である。

3.倫理的配慮

 実地踏査の実施について、当該機関に本研究の趣旨を説明し、同意と協力を得ている。調査結果から対象者が特定され ないよう配慮している。

4.研 究 結 果
高齢者居住施設体系と「老人住宅」
・ 台湾の高齢者居住施設は、保健衛生系(慢性病棟、護理之家)、老人福利系(長期照護、養護、安養)、退輔会系(栄民之家) 、住宅系(老人住宅)に大別される。
・ 「老人住宅」とは、「老人福利法」(1990年)及び老人住宅関係法令に基づいて主管機関が認可する自己負担型の老人居住使用 の建築物をいう。設置運営の基準は「老人住宅綜合管理要点」(2003年)に規定され、職員配置の基準は無規定、主管機関は行政院 内政部営建署、政府補助は税の優遇となっている。
「銀髪産業」発展の二つの流れ ・ 公営企業(国営事業)の民営化:1980年代後半以降、統制的経済体制の開放に伴って、政府の老人施政計画においても、民間 資本の参入と主導性が強まった。
・ 少子高齢化:出生率が2008年には1.09人と減少し続け、一方、人口老化速率は日本に次いで世界第二位(2020年14.0%、2051年 29.8%)と推計されている(経建会)。このため政府は、2000年「促進民間参加公共建設法」、2004年「促進民間参加老人住宅建設 推動方案」を実施し、民間資本の「老人住宅」への投資策を奨励・推進した。
「老人住宅」概観―「長庚養生文化村」と「潤福生活新象」― ・ 2004年創設の「長庚養生文化村」は、台湾最大の企業グループ「台塑集団」が経営する6千人(4千戸)規模の健康型老人社区 である。その特徴は、コスト効率性(東南アジアからの介護労働者(外籍護工)の採用、低額賃貸方式の導入など)、保健医療との 連続性(同一企業集団、長庚紀念医院との連携及び「護理之家」の併設など)である。
・ 1996年創設の「潤福生活新象」は、「潤泰集団」が経営する300戸規模の健康型老人社区である。その特徴は、20階の高層建築 で各居室(30坪)及び共有空間が広く、また地域は文化的景観にすぐれ、台北都心への有利な地理的条件を備えている。
「社会工作師」とは ・ 1997年、「社会工作師法」が制定され、「社会工作師」の資格(免許)制度が確立した。
・ 「社会工作師」とは、社会工作の専門的な知識と技術を用いて、社会的機能の快復、促進を目的に、個人、家族、集団、地域 を援助する専門職業者をいう(第2条)。
・ 「専門職業及技術人員高等考試社会工作師考試規則」に基づき試験を実施。社工師総数2,416人、その内、執業許可証申請総数 1,326人(2008年現在、内政部社会司)。
・ 規制緩和(民間参入)の一方で、「老人福利服務專業人員資格及訓練?法」(2007年)など各種任用資格・訓練法の施行による 、政府の規制強化という逆方向の動きがある。
・ 公職社工師の採用総数(公務人員としての社工師総数)は263人と少なく(考選部)、社工師事務所の設置(5か所)は極端に 少ない(中華民国社会工作師公会全国連合会)。
・ 民間部門への雇用比率が増している。2006年の社会工作専職人数(社会工作人員及び社工師)は、公的部門1,469人、民間部門 2,887人であった(内政部社会司)。
「老人住宅」における「社会工作師」の役割 ・ 二つの施設とも、老人福利系の施設と違い社会工作人員は必置制ではないが、専職社工師が配置され、医師、護理師・護士、 護工、心理師、栄養師、物理治療師、客服専員と連携しながら、複雑で大規模なサービス供給システムを効率的に運営している。
・ 専職社工師の重要な役割は、入居者―家族を繋ぐ支援である。台湾の家族は、倫理的に保守的養老観念(「孝道」倫理=漢人 の儒教道徳)が強く、法的にも「法定の扶養義務者は老人扶養の責を負う」(「老人福利法」第30条)と明示されている。
・ 「長庚養生文化村」では、「本省人」中間層以上の入居者が多くを占める。伝承的な「輪(吃)?頭」(財産相続の均等配分
・老親扶養の兄弟均分)の観念が存続し、兄弟全員による入居コストの均等割り当ての事例もあり、家族全体への関係調整が欠かせない。
・ 「潤福生活新象」では、大陸から移動した「外省人」が多くを占める。2008年の政権交代に伴い直行便の就航など大陸との 関係が改善され、一時帰省の願望が高まっている。また北米で永住権を取得して暮らす子弟との関係調整も重要な役割の一つ である。
「社会工作師」の当面の課題 ・ 政府の施政計画の転換による影響をどうするか:2004年「促進民間参加老人住宅建設推動方案」を決定以降、県(市)政府 への申請は27件(内訳:9件申請人撤回、9件不受理、1件協議終止、8件計1,612戸受理)で成案率は29.6%と低く、また「長庚 養生文化村」の充足率も27.9%と低い(内政部営建署)。2007年の「老人福利法」改正で、県(市)の主管機関が推進する「老人 安居之住宅」は「小規模」「融入社区」「多機能性」を原則とする方向が示された(第33条)。これに伴い、「銀髪産業」の 「大型化住宅方式開発」は当然見直しを迫られる。同原則の推進は、社工師業務の外部委託化を招来し、個人(グループ)開業 (licensed independent clinical social worker)が拡大する。この方向は、社工師事務所の拡充を奨励する社工師法の目標と 一致する。
・ 心理師との競合をどうするか:社工師法の業務規定(第12条)で、「行動、社会関係、婚姻、家庭などの社会適応問題の社会 ・心理アセスメントと治療」を冒頭に置いている。個人(グループ)開業の拡大は、臨床心理師と諮商(counseling)心理師との 競合を増大させる。台湾では、「心理師法」(2001年)に基づき「専業職業及技術人員高等考試心理師」を実施。現在、臨床心理 師572人、諮商心理師856人(考選部)。

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