韓国老人長期療養制度の効果性
-家族介護者の介護負担感と抑うつの変化から-
○ 世宗サイバー大学社会福祉学部 林 暁淵 (会員番号4219)
中部大学現代教育学部 蘇 珍伊 (会員番号05274)
キーワード: 《老人長期療養制度》 《介護者》 《介護負担感》 《抑うつ》
韓国の高齢者人口の増加率は世界の国々と比較して最も早く進行している。2000年高齢化率7%を超え、2018年には14.3%、2026年には20%を超えることが推定されている(韓国統計庁、2005)。このような高齢者人口の増加は、単純な人口増加として終わるのではなく、社会、経済、医療等の社会全般にわたって少なくない影響を及ぼすことが展望されている。高齢期に抱える問題の一つである慢性疾患の有病率は、他世代に比べて高いためより大きな社会的問題となりうる。韓国保健社会研究院(2001)の調査によると、65歳以上高齢者の大半(86.%)は、関節炎、慢性腰痛、高血圧などのような少なくとも3ヶ月以上持続される退行性慢性疾患を持っており、ADL機能すべてにおいて制限を持っていて、介護者のケア無しに一人で自立して生活できない高齢者は2000年現在4万4千人(高齢者の1.3%)である。この数値は、2010年には218万人の高齢者が在宅ケアを必要とする数値にまでのぼり、2030年には478万人を超えると予測されている。このように何らかの介護や日常生活の補助が必要な高齢者の増加から、韓国においても2008年7月から日本の介護保険にあたる「老人長期療養保険制度」が
スタートすることになった。老人長期療養保険制度の目標は、高齢者の日常生活活動能力を高め、独立的、自立的に生活を維持するようにすつこととともに、人間としての尊厳性をもって生活の質を確保しながら生活することである。また、高齢者を介護している家族の介護負担を軽減させ、家族解体を予防することにも目的がある。
以上のことから、本研究においては老人長期療養保険制度が持っている目標のうち、家族の介護負担を軽減するという目標を中心に、この制度を利用することで介護者の介護負担と精神的健康にどのような変化がみられるかを明らかにする。この結果から、老人長期療養保険制度の必要性および意義、課題を述べていきたい。
1)研究対象者:本調査はソウル、京畿道(ギョンギド)の地域に居住し、老人長期療養保険の等級判定(認定)を受け、最初に在宅サービスを受け始めた200名の在宅高齢者を介護する介護者を対象に事前、事後調査を行った。調査対象者の選定基準は、事前調査においては老人長期療養保険制度以前にどのようなサービスも受けたことがなく、制度導入以後、最初に在宅サービスを利用することになった対象者の家族である。次に、事後調査は、事前調査で回答を得られた対象者であり、事前調査実施以後、約6ヶ月間の老人長期療養制度のサービスを持続的に受けた対象者の家族である。
2)調査方法:本研究の資料収集の全体的期間は、2008年8月から2009年4月までであった。この研究は事前、事後の変化をみる研究であったため、1次事前調査の期間は、2008年8月から10月までであり、2次事後調査は1月から4月まで実施された。本研究はソウル在宅老人福祉協会に所属している機関と新規在宅長期療養事業を行う15ヶ所の機関を通して収集された。質問紙は研究者がそれぞれの機関の責任者および担当社会福祉士に印刷された質問紙を直接伝達およびE-mailで送付し、回答が得られた質問紙は各機関で回収して研究者に郵便および直接渡す方式で行われた。
回収された質問紙は、1次に140名、2次には1次に回答が得られた140人に追跡調査をしたところ、4月末90人から質問紙が回収された。
3)調査内容:基本属性として、性別、年齢、続柄、高齢者との同居状況、健康状態、経済的な状況、宗教、最終学歴が、介護している高齢者に関する項目として、年齢、性別、療養等級、宗教が、介護に関連する項目として、介護期間、深夜介護程度、1日の介護時間、手段的サポートを提供してくれるインフォマールサポートの有無、情緒的サポートを提供してくれるインフォマールサポートの有無、介護にかかる費用(医療費、社会福祉サポート利用費)、在宅介護の継続意思が、そして介護者の介護負担感(Burden Interview:Zarit,Orr,& Zarit, 1985)と介護者の抑うつ(CES-D;Center for Epidemiological Studies Depression Scale:Radloff,1977)であった。
本研究の倫理的配慮として、調査結果は統計的に処理し、研究以外の目的には使用しないことを文書にして説明をして同意を得た。
4.研 究 結 果1)介護者の介護状況においては、老人長期療養保険制度を利用する前に比べ、利用した6ヶ月後において、手段的サポートや情緒的サポートを提供してくれうインフォマールサポートは増加しているという肯定的な効果がみられたが、家族介護者の深夜介護時間の増加、医療費や社会福祉サービス利用費の増加のような介護者の実質的な身体的・経済的負担に関わる内容にはあまり肯定的な結果がえられなかったた。また、在宅での介護継続意向においても、老人長期療養制度を利用する前に比べてむしろその意識が低下していることがみられた。このよう側面の検討から、調査対象者である家族介護者の介護状況に老人長期療養保険制度のサービスを受けることが実質的な効果を与えたとはいえない。
2)介護者の介護負担感の変化については、老人長期療養保険制度を利用する前に比べ、利用した後に、統計的には有意ではなかったが、介護負担感が高くなっていることがみられた。また、介護者の抑うつの変化においても、第2次調査において抑うつ程度が高くなっており、これは統計的にも5%水準で有意な結果がみられている。このような結果から、老人長期療養保険制度の持っている目的の一つとして介護者の身体的・心理的負担を軽減するといった目標に、実際に貢献しているのかについては疑問をもたらす結果であるといえる。
3)介護者の介護負担感と抑うつ感の関連については、介護者の介護負担感が高いほど、介護者の抑うつ感も高くなる傾向がみられ、在宅で高齢者を介護する介護者の介護負担感が精神的な健康の側面にも深く関連して、家族介護者の精神的な健康を脅かしているといえる。
この研究は、財団法人フランスベッド・メディカルホームケア研究・助成財団の2008年度研究助成金の支援(研究責任者:梨花女子大学校社会福祉専門大学院教授:漢仁栄)により行われた。