自由研究発表高齢者福祉5  種橋 征子

特別養護老人ホームの介護職員と利用者の間で展開される
  「ケア」に関する研究
   -利用者が介護職員を「ケアすること」に着目して-

同志社大学大学院文学研究科社会福祉学専攻博士後期課程  種橋 征子 (会員番号5861)
キーワード: 《ケアすること》 《ケアされること》 《利用者》

1.研 究 目 的

社会福祉基礎構造改革による福祉サービスの準市場化,営利化が援助関係や援助過程など福祉的援助の質的な側面に及ぼす影響として,顧客満足向上の追求や利用者側の過度の要求による福祉的援助の形骸化が懸念される.そこで,「制度・政策的」,「臨床的・技術的」レベルのケアの基盤となる「哲学・思想的」レベルのケアの概念(広井1997)の検討が必要と考え,特別養護老人ホームの介護職員と利用者に対しインタビュー調査を実施し,両者間で展開される「ケア」の実態から,その概念を検討し,構造化を試みることとした.本報告は調査結果の一部であるが,介護職員,利用者の語りから得られた,従来からケアの受け手として捉えられてきた利用者が「ケアすること」について報告する.

2.研究の視点および方法

本研究では,Mayeroffを中心に哲学・倫理学領域の先行文献の知見や自身の現場経験から,「ケア」を「他者の状況に応じた気遣い,援助すること,また,他者から状況に応じた気遣いや援助を受けることを通して互いが内的充実感を得て人格を成長させていくプロセス」と操作的に定義し,「ケア」における「成長」の前提に「両者の関わりの中で,得た経験を統合し,自己に対する認識を変革し,高めること」「他者による献身や全人的な受容などによって,絶対的な安心感を得て,こだわりや不安から開放され,あるがままの自他を受け入れていくこと」を挙げた.その上で,介護職員,利用者に尋ねた両者の関わりについての語りからまとめられた「ケアすること」「ケアされること」「ケアを通して得た認識,学び」などを分析し,「ケア」の概念と構造を明らかにする.
   調査対象者は,A県の5つの特別養護老人ホームの介護職員15名,利用者15名.半構造化面接を実施.内容はICレコーダーで録音し(録音が許可されなかった介護職員,利用者各3名を除く),逐語録を作成し分析した.分析方法は,Graneheimら(2004)の示す,帰納的な質的内容分析を参考に行った.

3.倫理的配慮

各調査対象者に対し,調査結果は学会報告や論文の形で公表するが,話した内容や基本属性については個人を特定できないようにすること,研究以外の目的に使用しないこと,インタビューは途中でやめることができること,ICレコーダーで録音した内容は研究が終了したら破棄することを説明.調査に対する同意を得た上で同意書に署名してもらった.内利用者1名は上肢に障害があり,本人の同意の上,施設職員が代筆.

4.研 究 結 果

介護職員の語りからは,利用者から≪心配される≫≪助けられる≫など「ケアされること」として3カテゴリー,「ケアを通して得られる認識」として14カテゴリー,「ケアを通して学んだこと」として3カテゴリーがまとめられた.利用者の語りからは,介護職員を≪配慮する≫≪心配する≫など「ケアすること」として9カテゴリー,利用者が介護職員をケアする中での「相互作用」として2カテゴリーがまとめられた.

5.考 察

立場上ケアする役割を担う介護職員も利用者から心配されたり,助けられるなど,ケアされている.それは,利用者が介護職員自身や介護職員のおかれた状況を理解し,共感して行われていることで,介護職員の苦労や若さという脆弱性に利用者が引き寄せられて気遣いや援助が始まっていることを示している.介護職員はそのように利用者から気遣われ,自分の存在を認められ,信頼されること,あるいは,利用者と関わること自体にうれしさを感じ,人格的成長の基盤となる充足感や自分に対する信頼を得ている.そして,ケアする過程において利用者の存在や利用者の気持ちに気づくことから利用者の存在のかけがえのなさや人間の持つ強さなど多くのことを学び,それを経験として統合し自分の生き方に反映させたり,利用者に対するケアに活かしたり,ケアの意欲を高めている.
   一方,利用者は,介護職員の忙しさや若さゆえの未熟さに共感することで,利用者も介護職員を気遣ったり,介護職員をケアしている.特に,年長者として自分の経験を踏まえて,介護職員を心配したり,配慮したりしている.その志向からは,介護職員を同じ痛みを感じる人間として対等な存在として認識し,経験者として,年長者として経験の少ない若い介護職員を思いやり,護る気持ちと同時に,利用者の利他的な思いがうかがえる.
   さらに,利用者の介護職員を許容する志向は,自分の人生における経験を踏まえて,介護職員の状況や立場を慮って,受け容れていることを示している.そして,そのことによって利用者は自分の人生や若い頃のことを振り返り,経験を再吟味し,統合させていると考えられる(Erikson =1997).また,同時に,その若い頃の自分の経験から,介護職員もいつまでも今のままではない,変化や成長の可能性を信じていることが推察される.また,介護職員を助けようと行っていることや,自分の経験を若い世代の介護職員に伝えることによって介護職員を成長させるだけでなく,利用者も学びや「報酬」を得ているのである.

6.まとめ

入所施設の利用者は,施設生活において自分の思うような援助が受けられず,何も出来ない無力感や心身の衰えからのあきらめや葛藤を感じていることが報告されている(小倉2005;藤野2008).本調査でも,施設の生活において「人の役に立っていない」,「役立つことは出来ない」と語りがみられた.しかし,利用者の送ってきた人生における経験や知識,そして,今,生きづらさを抱えながらも他の利用者や介護職員を気遣い,辛さを受け止めていくなどの利用者の生きる姿は,介護職員に影響を与え,利用者に対する敬意を引き出すとともに,人生に対する指針を与えている.つまり,利用者の存在自体が,若い世代である介護職員に人生や生きることを教え励ます存在であり,利用者もケアする存在なのである.そして,利用者も介護職員をケアすることで学びや自信,やりがいを得て,人格的な成長が図られている.したがって,介護職員は,利用者を単に介護を受ける人として援助するだけではなく,利用者が他者をケアする存在であることを認識し,ケアすることを保障すること,つまり,ケアされる経験や他者との関わりを持ってもらうことが必要である.それが,共に生 きる社会的な人間存在として利用者が生きることを助けることであって,忘れてはならない援助の一つの視点である.

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