高齢者施設従事者における虐待防止をめざして
-施設従事者虐待防止研修プログラム開発の取り組み-
○ 介護老人保健施設太郎 本多 勇 (会員番号3472)
大阪市社会福祉研修・情報センター 末原 知子 (会員番号6362)
淑徳大学 山口 光治 (会員番号2415)
キーワード: 《高齢者施設》 《虐待従事者防止》 《職員研修》
1.研究目的
高齢者虐待が社会問題となって久しい。2006(平成18)年4月より「高齢者虐待防止法」も施行されている。特別養護老人ホームなどの介護保険施設においても、虐待や不適切なケアなど利用者の尊厳をおびやかすような権利侵害が存在していることが明らかになってきている。同法にもその防止策が規定されている。このような状況において、利用者の尊厳を護るべく「施設従事者による施設内虐待の防止」をめざすため、具体的にどのようなことに取り組めばよいかを検討し、研修プログラムとしてまとめた。
本研修プログラム開発は、(社)日本社会福祉士会において会員により委員会(施設従事者虐待防止委員会)を構成・設置し、2006~8年度の3年間にわたるものである。高齢者施設を中心に行う班、知的障害者施設を中心に行う班を編成し、2006~7年度は「三菱財団」による研究助成を得て、2008年度は会独自事業として、プログラム開発を行った。本報告は、このうちの高齢者施設班による3年間にわたる研修プログラムの構築および研修の実施の取り組みについての報告である。
2.研究の視点および方法
研究の視点として、①利用者への虐待を発生させないための研修プログラムを、直接支援のレベルから管理運営のレベルまでを包含した内容で開発すること、②利用者(高齢者本人、家族)自身の内的な力に対してエンパワメントを行い、虐待を利用者自身が自らの力や意思によって防ぐことができるような支援プログラムの開発すること、③上記①②を通して、虐待の第一次防止策である「虐待予防、教育、啓発」を先駆的・開発的に取り組むこと、が確認された。
そのうえで、施設ケアの現状、課題点を、A)特別養護老人ホームの入所者(家族を含む)、B)施設従事者、C)オンブズマンの3者から情報収集し、虐待防止・不適切ケア防止についての課題(キーワード)を抽出することで、その解決方法を検討することとした。この抽出されたキーワードを柱として研修プログラムを設定することとした。
アンケート調査およびグループインタビュー、ヒアリング(情報収集)は、2007年4月~6月に行った。
A-1)施設入所者:
某県における介護保険施設で協力施設を募り(特養のみ10施設)、1施設ごとに委員会のメンバーが訪問を行い、利用者に直接聞き取り調査を行った。調査項目は12項目で、質問紙にそったインタビュー形式で行った。
A-2)施設入所者の家族:
上記A-1調査施設に協力を得て、無記名式・自由記述式の質問紙調査を行った。質問項目は24項目であった。また、家族会に参加できたところは直接インタビューを行った。
B)施設職員:
某県において一施設から、三層(初任者、中堅職員、管理者)からそれぞれ1名の出席を求め、階層ごとに会場を設定し、フォーカスグループインタビューを実施した(計28名)。グループインタビューには、委員会メンバーが同席し、虐待の認識・原因・予防策等について議論を進行した。
C)オンブズマン:
オンブズマンおよび第三者評価を行っている3団体の方にヒアリングを行い、からみた施設の不適切なケアの現状、施設ケアの課題を解決するための取り組みについての状況を聴いた。
3.倫理的配慮
社会福祉士の倫理綱領および行動規範に則り研究をすすめた。グループインタビューおよびインタビュー調査、アンケート調査については個人が特定できないよう無記名調査とした。調査の際には、その旨を伝え、調査対象者より了承をいただいている。
4.研究結果 -施設虐待防止のために-
(1)キーワードの抽出、虐待防止の捉え方
ヒアリング等調査のデータより、虐待防止についての14のキーワードを抽出した(下記参照)。また、グループインタビューおよび抽出されたキーワードから、施設虐待の防止は、現在行っているケアの質を上げ、よりよいケアの提供を維持することが、結果的に虐待防止につながることを確認した。また、現場職員のみの取り組みでは充分に施設虐待を防止できない構造をはらんでいることがわかった。
そのため、施設全体で、良いケアの維持を指向し虐待防止に取り組むこと、およびそのための組織作りを含めて検討する必要があることの示唆を導くことができた。そのため、職員のレベルや施設ケアの状況(現状ないしは研修目的として想定される状況)に応じた各位相に対する研修を、14のキーワードを基に行う方法を検討した。具体的には、各マスで主になって取り組むべき課題を整理し、それに対応する事例検討を主とした研修プログラムを作成した。
(2)研修の実施および残された課題
作成したプログラムを用いて、2007年度に1回(2007年12月)、2008年度に1回(2009年1月)、東京にて研修を開催した。2008年度研修は、2007年度研修の反省を踏まえ、研修プログラムの修正を行っている。各研修においては、「施設従事者による虐待防止は、施設における質の高いケアを行い(ないしは目指し)、それを職員一丸となって維持することである」ということを伝えることができ、一定の成果を得ることができた。
研修を通じて、いくつかの課題を残すこととなった。順不同で挙げると、次の通りである。
①研修プログラムのさらなる精査である。今回は、より具体的な虐待発生対応時のプログラムまでは盛り込めなかった。また、今回の2回の研修は、(社)日本社会福祉士会の生涯研修プログラムの一つで、2日間のプログラムであった。実際に、地域や施設内で研修を行う場合は、継続的な半日程度のプログラムに設定しなおす必要があろう。また、特養以外の高齢者施設(老健や療養型、GHなど)についての特徴的な条件(配置職員、ケアの規模等)を盛り込み発展型のプログラムの策定も検討されるべきである。②伝達研修の困難性である。プログラム策定委員が研修の講師を行ったが、実際には各地域や各施設で同様のプログラムを行うことを想定している。現実的には、伝達研修をおこなうには、より詳細な研修マニュアルが必要とされよう。③研修プログラム構築の際に、利用者本人・家族をエンパワメントできるような施設ケアの在り方を模索する、ということの目標を掲げたが、必ずしもそのレベルまでの知見・成果をプログラムに盛り込めなかった。④複数の施設間連携が必要である。地域における雰囲気(職員の雰囲気、運営方針等)が異なる複数の施設の職員が、それぞれの事例等を持ち寄りながら、継続的研修を行うことで、地域全体の施設ケアの質が向上する。
今後も、施設内虐待防止に向けた研修プログラムの修正とその取り組みが求められる。