自由研究発表高齢者福祉5  大西 次郎

経営面, 職員育成面, 入居者・家族の満足面から検証する特養の看取り
-看取り介護加算の算定を通して聞く施設長調査-

武庫川女子大学  大西 次郎 (会員番号6491) 
キーワード: 《特別養護老人ホーム(特養)》 《看取り》 《介護保険》

 

1.研究目的
 特別養護老人ホーム(以下特養)入居者の多くは, 重い要介護度や合併症により, 自宅に戻らず最期を迎えている。これに呼応し, 病院に転院し死を迎えさせるより, 施設内での継続ケアを試みようとする特養は増え続けている。その結果, 生活拠点としての位置づけにある特養における, 人的・経済的な基盤の脆弱さが皮肉にも漸次露呈しつつある。
 加えて, 特養での看取りは赤字要因の一つである。従来, 福祉の世界では精神論が先に立つことがあり, 採算や効率性の追求という考え方が受け入れられにくい状況もあった。もともと, 医療職, 福祉職, 経営幹部では大元の発想が異なる。経営幹部は財務や収支重視であり, 医療・福祉職はケアの質へ熱心であっても, 採算には関心がなかったのだ。
 2006年4月の介護報酬改定で, 特養に対する看取り介護加算が創設された。他方, 1人最高総額48,000円(4,800単位)の加算は, 平均的な経営実態からすれば目を引かなかったことも事実である。では, 経営面にとどまらず, 職員の育成や入居者・家族の満足面へ看取りはどう影響しているのか。すなわち, 経営(利潤), 職員(ケアの質), 入居者・家族(ニーズ)を勘案した結果, 施設長は看取りへ向き合おうとしているのか, 否か。加算の創設以前から看取りへ取り組んでいた特養はどう対応していくのか。これらを明らかにする。看取り介護加算は創設以来3年を経て, 2009年度の介護報酬改定により形態を大きく変える。本加算が施設の経営や現場へもたらした影響を, 検証することは喫緊の課題である。

2.研究の視点および方法
 兵庫県の全251特養に対し無記名の調査票を作成の上, 施設長宛へ趣意書と共に送付し返戻を依頼した。調査期間は2008年10月から12月である。施設の休止1と移転1を除く249のうち総回収数(率)は183(73.5%)であった。協力しない, または公表に同意しない意向を表明した18を除く有効回答は165(66.3%)であり, これを分析対象とした。

3.倫理的配慮
 趣意書に研究目的と倫理的配慮事項(自由意志による協力, プライバシーの保護, 無記名であること, 研究目的に限定した使用, 施設や個人が特定されない形での分析と公表, 終了後の確実な廃棄)を明記し, 協力の同意を得て調査・研究を遂行した。

4.研究結果
 分析対象165のうち, 看取り介護加算算定要件の一つである重度化対応加算を算定する施設は133, しない施設は32であった。133のうち看取り介護加算を算定する施設は98, 算定しない施設は35であった。98のうち算定以前から看取りを実施する施設は77, 算定とともに開始した施設は19であった(無回答2)。看取り介護加算算定98へ「両算定を今後も継続」「重度化対応加算は継続, 看取り介護加算は再考」「両者とも再考」の3つに分け質問したところ88, 5, 4であった(無回答1)。算定施設はその継続を意図している。
 看取り介護加算を算定しない施設のうち「重度化対応加算を算定しない」32, 「重度化対応加算を算定するが, 看取り介護加算を算定しない」35の計67へ入居者を看取るか質問し,「実態として看取る」39(重度化加算の算定無20, 有19)と「実態として看取らない」28へ二分した。前者へ今後の算定方針を質問した。「重度化対応加算無, 実態として看取る」は現状維持8, 両加算新規算定6, 重度化対応加算のみ新規算定4, 無回答2であった。「重度化対応加算有, 看取り介護加算無, 実態として看取る」は現状維持7, 看取り介護加算新規算定8, 重度化対応加算の算定中止3, 無回答1であった。いずれも現状を維持するより, 広範な算定を現実のものとしようとする施設が上回った。すなわち, 看取り介護加算を算定しないことが, 実態としての看取りの無さを示すことにはならない。
 看取り介護加算にかかわる問題点を, 同算定98と, 算定せず「実態として看取る」39へ, 既成13選択肢から回答を求めた。「週1回以上の説明」「看護職員の24時間体制」「介護職員の技術的課題」は算定しない施設から有意に多く指摘された。人的体制の具体的な運用につながる要件が, 看取り介護加算の算定を分け, 看取り経験の蓄積は同加算の取得動機へ結びつくと考えた。引き続き両対象へ, 看取りを特養で行うことの意義を経営(利潤)面, 職員育成面, 入居者・家族の満足面の3点から質問した。3点いずれも双方に意識差はなく, 経営では「マイナスの印象である」「どちらとも言えない」を合わせて前者67.7%, 後者75.7%を占めるに比し, 職員育成ならびに入居者・家族満足では「プラスの印象である」が双方80%前後を占めた。いずれの対象内においても, 経営の側面と比して, 職員の育成, ならびに入居者・家族の満足につきプラス方向へ, 有意に意識の偏りがみられた。
 看取り介護加算は経済支援の意義に乏しい。他方, 職員育成ならびに入居者・家族の満足面では看取りの実施そのものが, 経営面と比べ, 施設長へ強くプラスの印象を与えていた。看取り介護加算は管理者と職員を「看取りの実現」という相互認識へ導き, 採算性や業務の効率化へ向けた視座の共有と, 人的体制など職場環境の整備につながる可能性がある。



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