Ageing in Place(地域居住)視点から見たシルバーハウジング
-住人の主観的幸福感に影響を与える要因についての実証的研究-
東京家政大学 松岡 洋子 (会員番号7486)
キーワード: 《シルバーハウジング》 《主観的幸福感》 《Ageing in place(地域居住)》
わが国においては、介護老人福祉施設の国庫建設補助が2005年より打ち切られ、「介護保険法」の改正(平成17年)では「地域密着型サービス」が創設され、地域における24時間365日の連続的なケア体制を可能とする小規模多機能居宅介護事業がスタートして事業者が徐々に増えている。また、療養型医療施設の2011年までの廃止・削減の方向も打ち出され、「住み慣れた地域で最期まで暮らすこと(地域居住)」を支える福祉への変革が、文言ではなく、制度として実質的かつ本格的にスタートしている。
本研究では、こうした動きをTilson, Callahan, Pynoo などが規定するAgeing in place(地域居住)の概念でとらえる。これは、1970年代に世界で始まった施設批判と1980年代の施設に代わるケア体系の模索の中で注目されるようになった概念であり、「虚弱化にも関わらず、高齢者が尊厳をもって自立して自宅・地域で暮らすこと」と説明され、「住まい」と「ケア」のフレキシブルな組み合わせによって進めることが肝要とされてきた。その結果、施設入所を遅らせ、あるいは避けることができるのである。この文脈において、「住まい」とは高齢者住宅(日本では、シルバーハウジング、高齢者優良賃貸住宅など)であり、「ケア」とは在宅24時間ケアを指す。
本研究においては、地域居住の基盤となる高齢者住宅のなかでもシルバーハウジングに焦点をあて、その住人の主観的幸福感に影響を与える要因を探索的・包括的に探ることによって、日本の実情に即した地域居住と高齢者住宅についての考察・提言を行うことを目的とする。
住人の主観的幸福感に影響を与える要因を探索的・包括的に検証することが研究の視点であり、調査設計として、基本属性、客観的要因、主観的要因を独立変数とし、主観的幸福感(PGCモラルスケール・12項目)を従属変数として重回帰分析を行うこととした。
客観的要因は文献に拠ったが、主観的要因については本研究の理論的背景となるAgeing in Place(地域居住)に照らして適切な尺度がなかったため、シルバーハウジング住人(6名)に個別インタビューを行った。この探索的インタビューから得たデータを修正版グランデッド・セオリーによって分析して要因を抽出し、因子分析(バリマックス回転を伴う主因子法)を行って信頼性・妥当性を検証した。
実際のアンケート調査対象は、K市のシルバーハウジング4住宅の住人(315戸)であり、246票の有効回答を得ることができた(有効回答率78.0%)。
調査を行うにあたっては、被調査者にこの調査の目的を簡潔に伝え、回答を拒否しても不利益を蒙ることはないこと、コンピュータでデータ処理するために個人名がでることはなくプライバシーは守られる、ことを説明して協力を得た。
4.研 究 結 果まず、最初に行った探索的インタビューの結果を修正版グランデッド・セオリーによって分析すると、主観的要因として「家族依存因子」「自立生活因子」「包括的安心感因子」「最期までの選択因子」「活動交流因子」「居住継続不安因子」「なじみ環境」がカテゴリーとして抽出された。さらに因子分析の結果、信頼性・妥当性のある因子であることが実証された(「なじみ因子」を除く)。
従属変数である主観的幸福感はPGCモラルスケール(12項目)を採用したが、10.08点であった。基本属性(年齢、性別、配偶者の有無、活動能力)、客観的要因(家族コンタクト、住人コンタクト、地域コンタクト、生活サービス、介護サービス、活動参加、住環境、居住年月、引越し移動距離)、主観的要因が主観的幸福感に与える影響を重回帰分析した結果、「居住継続不安因子(β=-0.285**)」「活動能力(β=0.241**)」「包括的安心感因子(β=0.238**)」「最期までの選択因子(β=0.161*)」が主観的幸福感に強い影響を与えている因子として残った。「居住継続不安因子」は「ここに暮らし続けることに不安を感じる」であり、幸福感に最も強い負の影響を与えていた。「最期までの選択因子」は、「ここで最期まで暮らせると考え、自ら選択して引っ越し満足している」という意識であり、この因子の影響も強かった。
シルバーハウジングは、LSA(生活援助員)による福祉サービス(生活相談、安否確認、緊急時対応)が付帯した公営賃貸住宅である。訪問介護サービスについては24時間365日の連続的な提供体制は期待できず、要介護レベルが高くなると施設へのリロケーションを余儀なくされているのが現状である。地域居住できないことへの不安が、住人の主観的幸福感に最も大きな負の影響を与えていることが実証されたと言える。
「包括的安心感因子」は、LSAのサービス以上に、住人コンタクト、地域コンタクトと強い相関を示していた。制度的なサービスのみに頼るよりは、むしろ地域での交流を促すような「つどい場」づくりやコミュニティワークの必要が示唆されたと言える。
本研究を通じてAging in Place (地域居住)の重要性が示唆され、そのためには高齢者住宅というハードの整備だけでなく、地域における24時間ケアの整備、住人同士の交流を促すコミュニティワークの必要性が示唆された。本研究では、K市のシルバーハウジング4住宅を取り上げたにすぎない。この結果を一般化することはできず、今後さらに調査対象を広げる検証をかさねていくことが必要である。