「重複障害」といわれる利用者への支援における困難性
-「聴障者精神保健研究集会」報告書の分析から-
ルーテル学院大学大学院博士後期課程 赤畑 淳(会員番号6707)
キーワード: 《支援における困難性》 《重複障害》 《聴覚障害と精神障害》
ふたつ以上の障害を併せ持つ利用者は、生活する上でいくつかの心身機能特性の相互作用から生じる困難に直面している。利用者の困難さを理解し、彼らの苦しみに寄り添いつつ、支援を展開している支援者もまた、利用者の支援において多くの困難に直面する。しかし、この支援の困難性は、関係機関の限界や支援者の個人的な力量不足によるものとして特定化されることが多く、支援者の孤立化を招く結果となる。
本研究の目的は、「重複障害」といわれる利用者への支援における困難性について、支援者の認識に焦点を当て、その認識傾向や影響要因との関係を明らかにし、支援の困難さに関する構図を顕在化させることである。
「重複障害」の中でも聴覚障害と精神障害を併せ持つ利用者への支援の困難性に焦点を当て、文献調査を実施した。調査対象は「聴障者精神保健研究集会報告書」(第1回:1992年~第15回:2006年)とした。この報告書は、障害者基本法(1993年)により精神障害が法律上でも他障害と同列で位置づけられ、精神障害者の制度施策が激変したと同時に、聴覚障害分野でも「ろう文化宣言」(1995年)に代表されるように障害の捉え方の転換した重要な時期に刊行されたものである。また、この報告書には研究集会での講演・実践報告・質疑応答などすべてが逐語録として掲載され,日本における聴覚障害と精神障害を併せ持つ人々の実態を把握し,支援における困難性を明確にする上で妥当であると考える。
本調査では報告書15冊から144本の実践報告等を取り上げ、支援者の困難性を中心に当事者・家族からの報告を除いた138本を対象とし、質的データ分析法として内容分析を行った。分析枠組みとして「保健・医療・福祉システム」(福山2000)を用い、支援者を取り巻く環境を8つのシステム(①利用者②支援者③支援者間④組織⑤専門性⑥社会資源・制度⑦地域社会⑧専門家集団)から捉え、困難性の特性として、どのシステムの困難を認識しているのかを整理した。
分析手順を以下に示す。まず、困難性の発生源の抽出を目的に、調査文献から支援における困難性が含まれる1399文節を抽出した。次にこれらの文節を8つのシステムに分類し、縮約、コード化、カテゴリー化を行った。また、困難性の時代による変化や支援者の専門領域別による違いも考慮した。そして、23カテゴリー間の関連性に着目し、8コアカテゴリーを生成し、「支援の困難さ」の構図を表した。
本研究は文献調査であり直接的に個人情報に触れる場面は少ない。しかし、プライバシーの侵害のないように、文献に掲載されている事例などは、場面や文節のみを取り上げ、個人が推測できるような情報の記載を控える等の配慮を行った。
4.研 究 結 果聴覚障害と精神障害を併せ持つ人々への支援において、支援の困難さの多くは利用者や支援者自身に関するものとして認識されていた。8つのシステムでは、①利用者34%、②支援者35%、③支援者間4%、④組織8%、⑤専門性9%、⑥社会資源・制度3%、⑦地域社会6%、⑧専門家集団1%であった。23カテゴリーのうち、利用者の特性によるものとして、<コミュニケーションにおける多様な困難さ><聴覚障害と精神症状の絡みの複雑さ>など5カテゴリーが挙げられた。また、支援者の傾向によるものとして、<一方の障害に偏ったアンバランスな理解による迷い><支援者自身のコミュニケーションの模索><支援者の救世主願望と「仕方がない」と割り切りたくなる気持ち>などの6カテゴリーが挙げられた。主要なカテゴリーは、いずれも利用者の特性と支援者の傾向というミクロレベルの困難性が中心であった。
影響要因としては、【地域コミュニティでの誤解や偏見(地域社会)】【サービス提供機関の限界(組織)】【制度・施策の未整備(社会資源・制度)】【教育・研修の場の少なさ(専門家集団)】が存在していた。また、【障害特性理解の困難さ】【経験知に基づく行き詰まり】【複雑化する関係性】がそれぞれ、【支援者の揺れや迷い】として表出されていた。
分析結果として、「重複障害」といわれる利用者への支援における困難性は、支援者個人がミクロレベルの現象として認識するものというより、複数層の障害、利用者と支援者間、多領域の支援関係者、組織、制度・政策など、それぞれのシステムの相互作用が、更に複数のレベルでの交互作用へと発展し、メゾからマクロレベルの現象としての構図を持つことの認識の必要性を明らかにした。
【文献】
福山和女(2000)『スーパービジョンとコンサルテーション―理論と実際』FK研究グループ