自由研究発表障害(児)者福祉8  田辺 和子

高次脳機能障害支援施策の現状と課題
-対象者の位置づけと施策の枠組みに関する一考察-

高次脳機能障害を考える「サークルエコー」  田辺 和子(会員番号6798)
キーワード: 《高次脳機能障害》 《対象者》 《高次脳機能障害支援普及事業》

1.研 究 目 的

高次脳機能障害は10年前までほとんど名もなき、あるいは名も知られていない障害であった。国の文書としては、1997年12月 の厚生省の「今後の障害福祉の在り方について」の中間報告書ではじめてその用語が使われ、同時に施策の挟間にあるとされた。 1999年、東京都は全国で初めて高次脳機能障害者実態調査を行った。この前後より関連障害団体の発足が相次ぎ、その声に後押し された形で、厚生労働省は2001年から5年間にわたり、高次脳機能障害支援モデル事業(以下、モデル事業)を実施した。つづく 2006年度からの支援普及事業では、2012年までに全都道府県に支援拠点を置くという数値目標も発表され、2009年3月末で全国41 都道府県に支援拠点が設置されている。
  このようなことから、障害の知名度は上がり具体的な支援の段階に進んでいるかに見えるが、反面、2009年の自立支援法の 見直しにおいても「障害の定義」において高次脳機能障害が明確な位置づけを得られることはなかった。
  その要因としては、診断基準が出されたにも関わらず、高次脳機能障害の概念や範囲、取組みが、医療、福祉、障害団体、 自治体等により様々でかつ国際的な定義とも一致しないなど「高次脳機能障害」という枠組みの問題があるからである。
  本報告は、高次脳機能障害支援施策が政策課題となったこの10余年の間の推移を振返り、この問題が何ゆえに複雑な動き をしてきたのか、とりわけ、当初政策対象として認識された対象が、現在どこに位置づけられているのかについて考察を加え たい。その試みはこの問題に関する政策課題を明確にする上で不可欠の作業である。

2.研究の視点および方法

上記の目的から、本報告では、この問題をめぐる2つの調査と1つのモデル事業、すなわち、1996年の厚生省の若年痴呆の 実態調査=A、東京都の高次脳機能障害実態調査=B、厚生労働省の高次脳機能障害支援モデル事業=Cを検討整理し、あわ せて、その後に行われた2008年の東京都の高次脳機能障害支援実態調査=BⅡと、2009年に厚労省が発表した若年認知症の実 態調査=AⅡについても検討・整理を試みる。

3.倫理的配慮

本報告は、田辺和子「高次脳機能障害支援施策形成過程における対象者の変遷」(作業療法ジャーナル VOL41 NO.11 2007 1039-1045)を下敷きに、その後、行政が行なった複数の調査および施策をふまえ発展的に考察したものである。

4.研 究 結 果
『厚生省の若年痴呆の実態調査』(A)
  脳血管障害を原因とする者がもっとも多かった。脳血管性のものは、脳の局在的な損傷により失語などの巣症状が あらわれる。次に多いのが、進行性のものであるアルツハイマー病であった。平均年齢55.7歳、男性は女性の1.8倍 であった。年齢からみても介護者は配偶者、すなわち妻であった。
『東京都の高次脳機能障害実態調査』(B)
  脳血管性の障害者が8割と圧倒的な割合を占め、男性が女性の2倍である。平均年齢は49.7歳であった。「高次脳機能障害」 として最初の調査、A概念「若年認知症」との差別化ということで、調査にあたっては、痴呆(当時)と区別することが強調 された。一家の働き手の受傷で介護者は妻であった。
『厚生労働省の高次脳機能障害支援モデル事業』(C)
  モデル事業としての目的にあった対象の選定が行われるので、実態調査のA・Bとは根本的に性格が異なるもので、影響力は ABに比し格段に大きい。その対象者は、交通事故などによる頭部外傷者が約8割であった。症状は、記憶障害のほか、感情の コントロールや意欲など情動的な面が顕著であり、受傷者は20代30代の男性が中心、介護者は母親が多かった。このモデル事 業において高次脳機能障害の診断基準が発表された。
  AからBを経てCに至る過程で、高次脳機能障害支援施策における政策対象は、初老期の認知症などの人たちの処遇の問題 から、脳卒中による失語症などの中高年男性の職業復帰のリハビリテーションという段階へ、さらには、交通事故などにより記 憶や感情などに障害を負った若者たちの復学・就労問題へと変化した。この過程で、Aが関心を寄せた認知機能の低下が著しい 人たち(重度の高次脳機能障害者)の位置づけが曖昧になったということは記憶されてよいことである。
  Cの考え方は関係した自治体を中心に浸透していき、つづく普及事業はCの結果がマニュアル化された支援概念に基づいて 全国的な広がりをみせつつある。
  その普及事業の中で複数の自治体が高次脳機能障害の実態調査を行ったが、その報告書によると、受傷原因別の人数では脳 卒中によるものが約8割を占めている。モデル事業はこれまで知られていなかった若年層の外傷性の高次脳機能障害に焦点をあ てたもので、その蓄積をもとに高次脳機能障害全体の普及活動が行われているのだが、受傷原因の多数を占めるものと施策の力 点が一致していないことは制度化を阻む大きな要因であろう。
  一方、Aにおいて対象と認識された重度の高次脳機能障害者は、モデル事業の中でも存在を確認されたものの施策の中では 曖昧な位置にあり、AⅡの調査では、依然として若年認知症にも組み込まれる存在であることが分った。
  高次脳機能障害をもつ人を支援するためには、法の中に明確な位置づけが必要だが、モデル事業や数々の実態調査を経て なお、概念整理上の課題が残されている。

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